60年安保の年に生まれた者にとって、小田実と言う存在は、「何でも見てやろう」を書いたベストセラー作家や、「べ平連」での市民活動家として、正に時代の寵児として脚光を浴びた顔というよりも、例えば、代々木ゼミナールの名物講師として、かって「週刊プレイボーイ」誌上で当時悪名高かった愛知の管理教育を糾弾したり、有事立法に反対して「日本はこれでいいのか市民連合」を主宰したり、「朝まで生テレビ」の左派の論客として、大物武闘派右翼にも論争を吹っかけていった気骨な人とのイメージが強い。
今手元に、今著の他に、書斎から引っ張り出した「状況と原理」、「政治」の原理「運動」の原理、があり、この3冊が私が読んだ小田の著作の全てなのだが、その趣旨は終始一貫している。
それは本当に愚直なまでの「市民」の立場に立脚した反暴力、理想主義の追求であり、平和憲法の堅持と非同盟自由平等の理念だ。
かって石原慎太郎に“お経の如き空想的平和主義”と揶揄され、ベトナム解放後のポルポト政権時での虐殺の歴史を責められても、その信念は決してぶれることはなかった。
今著は小田の遺言的色合いが強い。一部でべ平連時にKGBエージェントであったとの報道をされたり、好感を持つ者から見ても、正直「絵空事」のようにしか感じられない甘いパートもあるが、大国ばかりではなく世界中を廻り、様々な人々と出会い連帯していったヴァイタリティと、関西弁を繰り出して自由と共生を説くイデオローグとしての人間的な魅力はやはり誰にも代え難い存在だった。
「市民」の力の大きさを最後まで信じていた崇高なロマンチストだったと思う。
謹んで、ご冥福をお祈りします。