アジア太平洋戦争は多くの人々の日常生活を引き裂いた。岩波新書の二冊、井出孫六『中国残留邦人―置き去られた六十余年』と杉原達『中国人強制連行』はそのような引き裂かれた民衆の姿を描写しつつ、あの戦争は何だったのか?そして東アジアにおける日本の「戦後」とは何だったのか?について再検討する素材を与えてくれる好著である。
井出の『中国残留邦人』は大日本帝国の拡張主義と犠牲となった日本の人々の悲劇と戦後日本政府の冷酷な仕打ちに対する彼らの国家賠償請求という闘いを描きだす。経済恐慌による困窮は日本各地の農民たちをして満蒙開拓団への参加へと駆り立てた。彼らは村や郷単位で分村・分郷し、満州各地に展開していく。そんな彼らには、満州事変後の満州国の治安と満ソ国境の防備という関東軍の軍事戦略上の役割を担わされているとは知る由もなかった。ソ連の侵攻とともに開拓団の人々は見捨てられる。遅々として進まぬ引き揚げ、満州現地農民からの怨嗟。戦後の東アジアにおける冷戦は人々を引き裂いた分断線を固定化した。引揚者の援護には厚生省・文部省・文化庁・労働省と縦割り行政の弊害が付きまとい、残留婦人には「国際結婚」という自己責任のレッテルが付与され、満州で起こった歴史が顧みられることはなかった。
一方の杉原『中国人強制連行』は、大日本帝国を中核とする大東亜共栄圏において日本―植民地―占領地を横断して資本の論理と国家の論理の結託のもとに労働力の強制的な再編成・再配置が行われていくプロセスを描き出す。見えてくるものは、拉致という行為によって日常の暮らしの中から連行され、過酷な強制労働の犠牲となっていった中国人たちの悲劇である。
二つの著作が描き出す当事者たちの抗議の声は、これらの問題が決して過去のものではないということを教えてくれる。戦後史を政治外交史的に捉えていたのでは絶対に掬い取れない問題がここに浮かび上がってくる。