《明末清初期(第三の変動期)には、朱子学の民衆化や陽明学の興りに見られるように、士紳と呼ばれる層が民衆のリーダーとして地方の社会秩序を主体的に担いはじめ、近世から近代への扉を押し開いた。この士民の力がやがて清代を通じて上昇し、嘉慶年間以降は民衆反乱に対する自衛武力組織が充実し、太平天国期における「地方による地方のための軍隊」すなわち湘軍の建立を契機の一つとして、ついに省の独立をもたらし、辛亥革命(第四の変動期)として王朝体制そのものを瓦解させたのである。この清末民国期の変革はのち1949年の建国革命によって新しい中央集権的な建国へ引きつがれた》(i-ii頁)という溝口先生が担当した三章、四章が面白い。田舎の"郷里空間"は鉄道を敷くほどの経済力を持つほどになり、辛亥革命はこうした地方鉄道を国有化したうえで担保となし、さらに鉄道建設を進めようとした清朝政府に対する反乱として起こります(p.215)。
個人的なヨタ話となりますが、陽明学は明治維新の原動力になったともいわれています。それは、中国と同じく《朱子学の鬼子ともいうべき》陽明学(p.168)が郷村に受けいれられたからなのかな、と思いました。それまでの儒学が天下をどう収めるのかという問題意識だったのに対して、陽明学は大衆にも働きかけ、覚醒を促したのかな、と。