中国についての本ではないと断りながら、行間に現在の中国に対する礼讃が感じられ、また、民主主義にあまり価値を見出していないと思われる記述もあり、違和感を覚える人はいると思います。しかし、著者の価値観に賛成するか否かに関係なく、その中の知見がどれくらい興味深いかで判断すれば、掛け値なしに非常に面白い本だと思います。
例えば、父系血縁ネットワークが重要な中国ではそれがために人口増加を抑制できずに停滞につながった、日本は江戸初期に食糧不足の解決とともに人口増加も止まった、江戸末期の識字率はそれほど高くなくリテラシーの低い人が低賃金労働者となって工業化を支えてた、などはなかなか興味深いと思います。特に、「産業別ではなく企業別に組織されている日本の労働組合の経営との関係は、藩主と領民の双方が同じ土地に縛られてどちらもほどほどのところで折り合いをつけていた「封建制」の百姓一揆と同じ」という分析は、日本のインフレ率が他の先進国と比較して非常に低く保たれていた背景にある低い賃金コストの上昇率を説明するものではないかと思います。
一方、疑問も残ります。著者は、日本が中国化しなかった理由を科挙試験実施の前提条件であるメディアのインフラ整備、すなわち印刷技術の発達が不十分であったからとしていますが、ではその後に印刷技術が発達しても日本が中国化しなかったのはなぜなのかについてはあまりきちんと説明していません。信長の登場とか、江戸初期の稲作の普及とか間接的な説明がありますが、少なくとも他の中国化している地域・国との比較においてどれも決定的に説明力を持つようには思えません。この辺は、今後の著作でもう少し掘り下げた議論を展開してもらいたいと思います。
あと、参考文献は載せていますが、「・・・・は、歴史学者の常識です」という多用されているフレーズのところにはあまり参考文献や研究が示されていません。これでは「本当に歴史学者の通説なの?」という疑問点の解消が十分にできなく、少し残念です。
必ずしも、著者の価値観に全面的に賛成するわけではありませんし、軽すぎる文体など残念な点もありますが、それでもやはり知的にとても面白さを感じる本であることは確かです。