表紙のキャッチコピー「一時の「模倣」はコピー、普遍の「模倣」は革命」という言葉に興味を持った。全ての分野で新しい発想は過去のやり方の模倣から始まるからだ。芸術家に関していえば、過去の巨匠は全てその時代の最先端のスタイルを模倣をすることから始めて、自分の生きた時代背景とオリジナルな視点で見つめなおし、自分のスタイルをつくりあげている。
山寨(さんさい)という言葉が広がるきっかけとなった山寨携帯電話の震源地、深センは地理的にも歴史的にも電子部品の調達に有利な条件にあった。また中国はすでに山寨携帯電話の登場以前に世界の携帯電話の半数近くを生産する生産大国でありながら、世界の市場はノキア、サムスン、ソニーエリクソン、モトローラ、LGなどのメーカーにより占有され、ただ「生産する」のみであったようだ。一方波導、夏新などの自国ブランドの携帯電話が苦戦をする不況下で、山寨携帯のみが業績が素晴らしく伸び、それが携帯電話以外の分野にまで及ぶに至って山寨は社会現象となったのである。その中身を紐解くのが本書である。
山寨携帯が伸びた理由に挙げられているのが、中国国内での携帯電話の営業許可証(2007年度に廃止)と台湾のメーカー、メディアテックのターンキー方式と呼ばれるチップセットの存在である。ターンキー方式によって携帯電話メーカーの開発工数が減り、かつ品質が保証されたことで、山寨携帯の新製品の開発から販売までのサイクルを1ヶ月に縮めることが出来るようになった。これまでの半年から1年の期間に較べて有利なのは明白である。
このような山寨携帯を支える分業と協力の伝統は一朝一夕にできあがったものではなく、深センの何千、何万という企業が長年積み上げてきたやり方だという。開発・設計、仕入れ、製造、販売の各プロセスには何も秘密がなく、製造コストさえ隠そうとしない、決して過剰な利益は求めず、生きていくのに十分な利益があればいいという深センの中小企業の姿勢に、著者は職人の心意気を感じている。
このような状況下で山寨携帯の成功にはじまり、デジタルテレビ、薄型テレビ、山寨ノートPCなどにつぎつぎに山寨の商品が広がっていく。電子製品の遺伝子にはもともと山寨化に適した要素があるという。もちろんそれ以外の分野にも山寨の商品は作られていくようになっていった。
第二部の「山寨革命」では工業化以降の歴史的な変遷をたどっている。自動車メーカーのフォードの登場以来の革命としてビル・ゲイツの90ドルOSと、マイケル・デルによる低価格パソコンの登場を挙げ、特に初期のデルのパソコンは山寨パソコンと同じだと指摘している。
そして今、進行中の産業革命が社会分業という革命であり、ほぼ全ての業界で代理生産(OEM)や受託生産(EMS)のシステムにより外注化が進行中であり、これらの社会背景の延長線上に山寨革命という次の時代があるとし、その先駆けとしてLinuxOSの開発者リーナス・トーバルズやメディアテックの蔡明介などの名前を挙げている。またGoogleが提供する無料ツールなどによる公益スプレッド効果も山寨を後押ししているとする。
ジェネリック薬品(山寨薬品)や、大手企業によるノーブランド商品など、山寨現象に通じる社会現象も具体的にあげながら、これからの山寨はインターネット後の社会や消費者の変化にあわせて、ビジネスのモジュール化や最適規模の追求によって、従来の大企業のピラミッド構造を超える、新しいビジネスモデルの創造の入口になるかもしれないと予想している。
読み終えて、山寨現象は中国の話だけではなく、現在日本の大メーカーの苦戦にも通じる話であると感じた。またこれからの新しい時代の企業のあり方をも示唆しているように思われた。
中国人ジャーナリストの国際的な視野と見識に初めて触れ、驚かされた次第である。