中国は、明らかに「海洋覇権国家」を目指している。それは、毛沢東・周恩来時代の終焉後の、1970年代半ばから始まった新しい「中華帝国」建設に向けての第一歩なのだ。
著者は、1970年代に始まる中国の海洋進出の基礎となる政策的概念として「戦略的辺疆」という考え方に着目している。これは、「国家の軍事力が実際に支配している『国家利益と関係する地理的空間』をその国家の生存空間」とするものである。
これは、一見、ヒトラーの「レーベンスラオム(Lebensraum『生存圏』)の概念と似ているが微妙に異なっている。簡単に言えば、ナチスにとって「生存圏」の主張は、「リトワニア、ポーランド」を戦略的目標とする主張である。日本の「満蒙は日本の生命線」という表現もこれと同じである。
中国の主張する「戦略的辺疆」は、「軍事力を中心とする総合的国力によって、国境を越えて海洋や宇宙に無限に拡大できる生存空間」なのだ。勿論、国力が足りなければ、縮小もする。しかし、基本的に現状の国境は国力によって変更可能であり、中国が直面する「現実的脅威」と「潜在的脅威」を克服して、安全保障を確立しなければならないとする。つまり、中国が、領域を拡大しようとすれば、必ず、「現実的脅威」と直面するが、国力が上回れば排除できるし、場合によっては「潜在的脅威」を摘発もできるのだ。
A.J.P.テーラーは「第二次大戦の起源」で戦争の原因の一つに、この「生存圏の拡大」という地政学的要因をあげた。安倍晋三元首相が、2010年10月、アメリカで「世界に対する挑戦」として中国の「戦略的辺疆」という考え方を国際紛争を引き起こす原因になりかねないと指摘したのは、まことに適切だった。
評者は、1990年代半ば、スプラトリー諸島を中国海軍が占拠したとき、地方国立大学に留学している中国人留学生の団体が中国大使館の指示に従って一斉に「海外メディアの流したデマだ」と主張する場に出くわしたことがある。彼らは、確信犯である。
それにしても、東シナ海大陸棚に我が国の四企業が試掘を申請していながら、30年間認可していない政府の不作為は、既に主権を放棄したものと責められてもおかしくないものである。
戦う姿勢のある者以外に平和をもたらすことはできない。