産経在籍中から著者の記事、ブログを読んでいたが、本書を読み改めて「産経ももったいないこと…」と思った。中国のメディア、言論統制の新書は最近乱造気味なほど出ているが、制度などを論じた四角四面な概説書か、面白おかしく珍騒動を紹介した本かという感じだが、本書は、ともに並び立つ面白さだ。最初は記事のでっち上げから始まる本書は、続いて中国の報道管制の実態や記者、編集責任者がそれをどうかいくぐるかを取材に基づいて解説し、時には真っ向から統制に立ち向かう非正規記者の戦いを記す。始めは書名にふさわしいゴシップが続くが、政府、読者ともに満足させなければならず、書くことが許される表現を巡り、日々攻防を続ける記者たちの姿を詳細に報告している。
中国は中央指導部や共産主義体制の批判はご法度だが、地方政府の批判は認められる可能性もある。ただし、地方政府に抑え込まれ、不利益を被ることもある。ツイッターのようなマクロメディアを通し、悪い情報を拡散させることで、役人に報復されないだけの世論の後ろ盾を得れば、党中央はもはや黙認せざるを得ない状況になっている。中国では記者証の発給に政治理論などの筆記試験が必要で、当局に睨まれたらすぐ取り上げられてしまう。だから、80万人いるメディア関係者のうち取得しているのは10分の1くらいだという。だから、記者証を持ってる記者は記事を書かず、事件に駆けつけるのは、1行いくらの歩合制非正規記者たちだ。記者証を持つ正規の記者がインサイダーやたかりで優雅な記者生活をしているのに、非正規記者たちは、、時に命までかけて暗部にもぐりこんで取材する。果たしてどちらが真の意味で「記者」なのか?と著者は問いかけている。報道とは本質的には、国家やら上司やらの統制に服するものではなく、個人的な正義感や好奇心に依存すべきものだと感じる。
捏造もある、インサイダーもある、だまし取材もある。中国は、世界的に見ると報道の自由は最低レベルだ。いずれも報道倫理からして良くないが、悪徳役人の腐敗や無法経営者の横暴を告発したい、という非正規記者たちの命を張った取材ぶりに、報道の原点があるような気がした。