昨年、尖閣諸島沖の例の一件にからみ、中国共産党はレアアースの禁輸、中国にいた日本人会社員数名の身柄拘束、中国と同様に日本との領土問題を抱えるロシアとの協同、といった措置を矢継ぎ早に取った。そのシステマティックな動きを見ていると、彼らの日本への攻勢は計画的・戦略的なものであることが明白に見てとれる。「日本はわきの甘い国だ。付け入る隙が多くある。そこをドンドン突いていけ。」といった考えで彼らは動いているように思われる(これは、「孫子」の「虚実編」七にある「兵の形は実を避けて虚を撃つ」の実践に他ならない)。その後の日本の警戒ぶりを見て、尖閣諸島周辺ではさすがに今のところ鳴りをひそめているようだ。だが、他にも「付け入る隙」がないか、彼らは常に狙っているように思われる。
本書もその点に関し日本人に警鐘を鳴らすもので、筆者・有本さんは様々な具体的事例をあげておられるが、とくに重要な指摘と思われるのは、中国人による北海道の山林の取得であろう。というのも、彼らの狙いはズバリ水資源の取得にあるものと推測されるからである。
中国人の人口は世界の20%に近いが、有本さんの記述によれば、彼らが有している水資源は世界の5%強の割合にすぎない(黄河・揚子江という2つの大河を有していることを考えると、意外に少ない数字である)。しかもその、人口比率から見て多いとは言えない水資源のかなりの部分、とくに地下水は、9割が汚染されている、という。となれば、「空気と水がないと人間は生きていけない」以上、中国は、今後、自らの生存をかけ水資源の確保に動くであろうことが容易に予測できる。
北海道には日本有数の森林がある。ということは、その森林の周辺にきれいで豊富な水があるということだ。その価値に日本人自身は十分に気づいていないが、中国人は気づいている。多くの日本人は、我が国が山紫水明に恵まれ、かつ一年を通して雨がよく降ることもあって、まだまだ十分な水がある、と思っているだろう(それゆえ、尖閣諸島の問題ほどにはこの土地買収の問題に関心が持たれていない。)しかし想像してみてほしい。13億の隣人が、我々日本人が今使っているのと同じ量の水を毎日使うようになれば、そしてその水を日本から調達するようになればどうなるか、ということを。
そのことを考えるなら、有本さんが示唆される通り、彼らの攻勢には何らかのストップをかけねばならない。これは、排外主義でもファナティックなナショナリズムでもない。日本国民の生存が確保できるかどうかがそこにかかっているという意味で、安全保障の問題である。これをおろそかにしていては、我が国の、そしてわが民族の未来は危うい。幸い、外国人の土地取引を制限する法律、及び「地下水の利用の規制に関する緊急措置法案」が鋭意検討されている由である。代議士は制定を急がれたい。
なお、本書の評価を星4つにしたのは、その憲法論議の部分に行き過ぎを感じるからだ。有本さんは、外国人による日本の土地取得を制限するためにも「財産権を必要以上に厚く保障している憲法は変えねばならない」とされる。憲法29条の保障ゆえに土地所有者の権利が強くなりすぎ、結果として土地取引に対しても必要な規制をかけられなくなっている、との趣旨である。
私も有本さんと同様、土地取引に対しては公共の利益の観点からする新たな規制が必要だと思う。だが、その規制を設けるのに憲法の規定を変える必要があるわけではない。そもそも憲法は、財産権の保障を絶対不可侵なものにしているわけではないし、最高裁も我が国の統治機構を担っている機関であるから、仮に新たに外国人の土地取引を規制する法律ができたとしても、それを自動的に「憲法違反」と判断するわけではないことは指摘しておきたい。
この本に引用されている最高裁の森林法違憲判決は、いわゆるバブル経済の真っただ中に出されたものである。その後バブルが崩壊し我が国の経済に深刻な影響が及んだだけではなく、土地には公共性があるがゆえにその取引にも一般消費財とは異なる一定の規制が必要であることが広く日本国民に認識されるようになった。そのことを最高裁も当然考慮に入れるであろう。よって、新しくできる法律で土地取引を制限された外国人が法律の合憲性を最高裁で争ったとしても、(相互主義の相手国国民に限ってその土地取得を制限する、といった一定の枠づけがなされるならば)法律の合憲性が認められる可能性は高い、ということだ。
有本さんの、日本国固有の利益を守るためには中国に対して備えるだけでなく、憲法を含めあらゆるタブーを取りはらって考えることが必要だ、との基本的姿勢には共感するが、上に述べた理由から、多少の「勇み足」もあるように思う。