1980年から85年中国北京に滞在し、表題のホテル北京友誼賓館に出入りしていました。もともとは社会主義国の友邦ソ連から中国へ技術援助で来た多数の技術者が住むために造られたホテルでした。両国の関係が社会主義思想の分裂で悪くなり、ソ連の技術者は総引き上げとなり、その後は、旅行社のホテルの用途と本の記載にあるように日本からを含む海外各国から中国の国営出版社などに翻訳の援助、外国語教育の援助などに訪れていた専門家の居住区となっていました。いずれもこの専門家達の多くは中国に思い入れがあったり、興味があったりする人々でした。ここには、ただ、援助の専門家だけではなく、海外の国で、軍のクーデターにより政権争いに敗れ、中国へ亡命してきたた中国寄りの社会主義者も生活をしていました。当時は隠れた事実でした。同じ頃、北京には、カンボジヤジャングルのポルポト政権からの留学生、70年代にタイの民主化運動で軍に敗れた学生の亡命者達もジャングル地帯の国境を越えて中国へ来ていました。中国はまだまだ不可思議な国でした。この本はその一端を知ることが出来るものです。