神戸の震災、オウム事件が起きた当時、読み返した。初読のときは、ピンとこなかった部分がグッと迫ってきた。ああそういうことなのかと。
それから数年後、『新世紀エヴァンゲリオン』の劇場版が公開されて、見終わったあと、「あ、エヴァは『虚無への供物』なんだな」とおもった。
エヴァは、絵空事である映画(アニメ)に熱狂するファンに冷や水をかけた。同時に『虚無』は絵空事であるミステリに熱狂するファンに冷や水をかけた。二つの作品に共通しているのは、作品として作り込みが半端でないこと・・・でありながら、作品のテーマがそのジャンルを崩壊させかねないものを持っている点にある。
そういう意味では、『虚無』が発表されて時点で、ミステリは終焉し、「エヴァ』のあとにアニメは終焉するはずだった。
しかし、いまだにミステリもアニメもジャンルとして存在しているし、自分自身『虚無』や「エヴァ』を通過したはずなのに、相変わらずミステリやアニメが好きだったりする。
この問題はいまだ不明だ。なぜある種の人間には現実より架空の出来事にリアルティ(現実感)を感じてしまうのだろう。