この本の中で中井先生は土居健郎が《現在の精神科医は「リスター以前」すなわち消毒法をしらないで患者に接していた時代にあるようなものだ》ということを私信で書いていたとしていますが、これは、今の状況を考えると「脳の見える化以前」と言い換えることができるかもしれません。統合失調症なども脳の機能障害だと捉えることが可能だという考え方もあるようですし、NHKスペシャルで紹介されていた鬱病患者に対するTMS(経頭蓋磁気刺激法,Transcranial Magnetic Stimulation)のように、扁桃体の過活動を抑制するため背外側・前頭前野推論(DLPFC, Dorsolateral prefrontal cortex)を活性化させることがモニタでも確認できたりすると、「脳の見える化」がここまで来たんだ…と思わされます。
しかし、そうなるためには、この本で多くの頁を割かれているような芸術療法など手探りのような対処方法しかなかったのかな、と思います。そして、こうした努力によって、少なくとも大昔なら一生を病院で過ごさざるを得なかった患者さんたちが退院できるようになったわけですし。そして、こうした患者さんに寄り添うような姿勢が《異常な世界に突然投げこまれることは天変地異よりもはるかに深刻な事態である。狂気の世界に突然陥ることは、未曾有のものに全く準備なくして曝されることであるが、その際の全面的な被圧倒感と出口のなさは、事態が何よりも彼の言語意識にとって未曾有であることによって、いっそう救いのないものとなる》のような、統合失調症に対する理解を生むのだと思います。ある患者さんにプルーストの『失われた時を求めて』と志賀直哉の『暗夜行路』を貸してほしいと頼まれたんだけど、いっこうに読む気配がないのでおかしいな、と思ったら「失った時を求めて暗い道を歩いている」という医師である自分に対するメッセージだと気づき、心が「しーんとした」というあたりも感動的でした(p.367)。