1946年生まれの日本宗教思想史研究者が一夏で書きあげ、1998年に刊行した本。中世神話とは、古代の記紀・仏教神話に取材した、中世の注釈書・神道書・寺社縁起・本地物語などに含まれる、宇宙の創世や神々に関する、主として断片的な言説の総称である。本書ではそのうち、中世伊勢神道に注目し、天地開びゃく・国生み・天孫降臨を素材に、古代神話の組み換えによる中世神話の生成を解き明かそうとする。伊勢神道は伊勢外宮神官度会氏が、経済力と密教的両部曼荼羅を背景に、天照大神を祀る伊勢内宮に対抗して、本来記紀に登場しない豊受大神の権威を高めるために創造した神道である。豊受大神は本来食物の神であったが、伊勢神道では開びゃく第一神(天照より上位)の天御中主神と同一視され、水徳の神とされた。また本来国生みの呪具であった天のヌ矛は、中世神話では魔を打ち返す独股金剛杵や竜神、心御柱と同一視され、とりわけ開びゃく時の葦牙のような霊物と結びつけられた。本来幼童の稲神であった天孫ニニギ尊も、中世には独股金剛杵を体現する軍神と見なされ、天照との関係が希薄である代わりに、むしろ天御中主神との関係が重視された。このように、中世神話では根源的な霊物としての天のヌ矛が重視されたため、それが伊勢にあるかどうかが議論になる。伊勢神道の影響を受けた北畠親房は、最終的にはそれを否定し、三種の神器を絶対化するに至った。著者は古代・中世神話のテクストから引用しつつ、以上のような天のヌ矛と豊受大神をめぐる神話の変容を跡付ける。本書の内容は確かに興味深い(おそらく出版技術の未発達ゆえに、こうした変容が可能になったのだろう)が、伊勢神道に注目する理由がよくわからないため(中世における天照大神の非中心性を強調したいのか)、イメージの広がりは分かるものの、話の筋道がいささか見えにくい。