内容紹介
藤原ヒロシは、80年代以降現在に至るまでの、日本のユースカルチャー、ストリート・ファッションのカリスマ的存在だ。
スケートボーダー/サーファー、クラブDJ、ミュージシャン/プロデューサー、ファッション・リーダー、
「裏原宿のカリスマ」…。本書では、藤原ヒロシが18歳のときから現在に至る26年間を、
本人の発言や作品だけでなく、国内外の80人を超える証言から構成した
オーラル・バイオグラフィ(証言による伝記)である。
ファッション界、音楽界の世界的なセレブとなり、渋谷松濤に自宅を、
六本木ヒルズにスタジオを持つ藤原ヒロシは、なぜ20年以上も「流行の最先端を行く男」であり続けているのか?
スケートボーダー/サーファー、クラブDJ、ミュージシャン/プロデューサー、ファッション・リーダー、
「裏原宿のカリスマ」…。本書では、藤原ヒロシが18歳のときから現在に至る26年間を、
本人の発言や作品だけでなく、国内外の80人を超える証言から構成した
オーラル・バイオグラフィ(証言による伝記)である。
ファッション界、音楽界の世界的なセレブとなり、渋谷松濤に自宅を、
六本木ヒルズにスタジオを持つ藤原ヒロシは、なぜ20年以上も「流行の最先端を行く男」であり続けているのか?
内容(「BOOK」データベースより)
本人のディープ・インタヴュー、関係者70名強の証言に、時代時代の雑誌・DVD・単行本からの引用も駆使して、「常にHiとLoな文化を同格に極めて来たがゆえに、今なお、ミステリアスな存在」であり続ける藤原ヒロシの四半世紀を3‐D化。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
藤原 ヒロシ
1964年伊勢市生まれ。音楽プロデューサー、“フラグメント”主宰。82年、ロンドンへ遊学。83年、ニューヨークでDJの現場を体感し、帰国後、日本初のリミックスDJとして活動する。85年、高木完とタイニー・パンクスを結成。86年、国境を越えたヒップホップ・レーベル“メジャー・フォース”へ参加。90年、小泉今日子『N°17』をGOTAとプロデュース。一方で、朝本浩文と『DUB CONFERENCE』(95)を発表。98年、吉田カバンと“ヘッドポーター”をスタート。01年、“NIKE”と非アスリートとしては初のクリエイティヴ・コンサルタント契約を結ぶ。さらに、“フラグメント”主宰として、“リーバイス・フェノム”、“ソニー・エリクソン”、“ルイ・ヴィトンセリュックス”、“カンゴール”など、様々なブランドと自由にコラボレーションしていく。05年秋、“SOPH.”の清永浩文、“VISVIM”の中村ヒロキと、満を持して一次情報を積極的に提供するサイト“ハニカム”を立ち上げる。06年9月、DJ引退を宣言。逆に、人前で歌い、演奏する機会を増やし、INO hidefumi、小島大介とのユニットでI.D.F.『Live@F.I.L.』(08)もリリースする
川勝 正幸
1956年福岡市生まれ。音楽や映画など、ポップ・カルチャー関係の仕事が好きなエディター&ライター。また、01年、02年の前期課程では東京大学教養学部において、通称“ポップ・ゼミ”の講師を務めた(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
1964年伊勢市生まれ。音楽プロデューサー、“フラグメント”主宰。82年、ロンドンへ遊学。83年、ニューヨークでDJの現場を体感し、帰国後、日本初のリミックスDJとして活動する。85年、高木完とタイニー・パンクスを結成。86年、国境を越えたヒップホップ・レーベル“メジャー・フォース”へ参加。90年、小泉今日子『N°17』をGOTAとプロデュース。一方で、朝本浩文と『DUB CONFERENCE』(95)を発表。98年、吉田カバンと“ヘッドポーター”をスタート。01年、“NIKE”と非アスリートとしては初のクリエイティヴ・コンサルタント契約を結ぶ。さらに、“フラグメント”主宰として、“リーバイス・フェノム”、“ソニー・エリクソン”、“ルイ・ヴィトンセリュックス”、“カンゴール”など、様々なブランドと自由にコラボレーションしていく。05年秋、“SOPH.”の清永浩文、“VISVIM”の中村ヒロキと、満を持して一次情報を積極的に提供するサイト“ハニカム”を立ち上げる。06年9月、DJ引退を宣言。逆に、人前で歌い、演奏する機会を増やし、INO hidefumi、小島大介とのユニットでI.D.F.『Live@F.I.L.』(08)もリリースする
川勝 正幸
1956年福岡市生まれ。音楽や映画など、ポップ・カルチャー関係の仕事が好きなエディター&ライター。また、01年、02年の前期課程では東京大学教養学部において、通称“ポップ・ゼミ”の講師を務めた(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)