政治家の子供は、政治資金管理団体を実質無税で相続することができる。
本書は世襲議員の悪い面だけを取り上げていてやや雑な印象を与えるが、この事実を著者が発表した価値は大きい。世襲批判について「職業選択の自由」を持ち出して反論する勢力が絶えないが、この「無税相続」だけは政治家の誰もが「言ってくれるな」と怒る事実のようで、これだけでも政治家の世襲が政治を志す一般人の職業選択の機会をいかに奪っているのか明白である。そしてこれまでそれが明らかにされなかったのであれば、政治ジャーナリストと呼ばれる人々の仕事にも疑問が沸く。
まず政治資金規正法のこのザル状態を改正して、一般事業者の株式相続と同様の課税がなされる必要がある。
だが、それでも先進国の中でも特別高い割合で世襲議員がいるという日本の状態は、一朝一夕に変わらないだろう。
なぜなら世襲議員は後援会という地元に緻密な根を張った集票組織もあっさりと相続してしまうし(だから大金持ちが立候補しただけでは簡単に当選できない)、その背景には国会議員がもつ利権と利権のために投票する有権者、同じくそれを「おかしい」と思いながらも投票に行かない有権者がいるからだ。
政治家は有権者が選ぶ。悪い政治家が世襲議員を増やしたのではなく、私たちが自らの意思で世襲議員を選んできた。どんな制限を加えようと、利権分配と投票のサイクルを有権者の力で断たない限り、あらゆる制限をすり抜けて世襲は続くだろう。全ての政治のイシューと同じく、世襲批判は政治家批判でとどまってはならず自分の問題なのだ。
「経済界に世襲は絶えた」「唯一の例外はサントリー」など、例えばトヨタの次期社長を知ってか知らずか、経済やビジネスには音痴なところは気になるが、主要な論点ではない。
政治家の子供をたくさん入社させているテレビ局は本質的に世襲批判ができないという最後の指摘はもっともである。