【本書に登場するピアニストたち】
ヴァレリー・アファナシエフ/イーヴォ・ポゴレリチ/
ヴィルヘルム・ケンプ/ヴラディーミル・ホロヴィッツ/
フリードリヒ・グルダ/マウリツィオ・ポリーニ/
マルタ・アルゲリッチ/マリア・ジョアン・ピリス/
クリスチャン・ツィメルマン/マレイ・ペライア/
グレン・グールド/ファジル・サイ/
ラン・ラン/フー・ツォン...etc.
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10 人中、8人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 4.0
名ピアニストの演奏と聴きどころ,
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レビュー対象商品: 世界最高のピアニスト (光文社新書) (新書)
書名は『私の選ぶ世界最高のピアニストたち』とでもすれば正確だ。本書で詳述したのは「暗くて、怪しくて、エロい音楽を奏でるピアニスト」が多く、それは「飛びぬけた天才たちへのオマージュ」だと著者は言う。だから、選者の選り好みが強い。著者がCD等で具体的に例示しながら力をこめて論じているのは、ひとつの曲でも演奏の仕方でずいぶん違って聞こえること。たとえば、冒頭で挙げている、グールドの弾くモーツァルトのピアノソナタ11番。 私は小学校のときウィルヘルム・ケンプの温かみのあるレコードに親しみ、この曲を弾いたが、グールドはそれとは余りにも違った世界を提示する。演奏は、最初から速度が極端に遅く、「これ、練習中の中学生?というくらいたどたどしい」。著者はさらに続けて「盛り上がるべき部分になってもぜんぜん盛り上がらない。白々しいことおびただしい。聞き手をからかっているのではないかとすら思えてくる」と形容する。本書のいたるところに見られるこのような記述は、しかし、著者流の言葉の綾だ。読み進めば、著者がそのような規範からの逸脱を容認し、そこに現代ピアニストを聞く醍醐味を見出していることは疑いない。速度を落とすということがどれほど音楽の印象、いや質までを変えるかということ。それをグールドは実験して見せ、音楽がバラバラになってしまう危険を冒しながらそれを奇跡的につなぎとめる演奏をやってのけたわけだ。 極端に走ること自体はグールドの専売特許ではない。ピアニストの場合、技巧を駆使し、緩急・強弱の幅を大きく取って名人芸を披露することは、19世紀以来、大ピアニストといわれるための必要条件ですらあった。ホロヴィッツはそれを極限までもっていくことでアメリカ大陸を制覇したし、リヒテルもベートーヴェンの熱情ソナタにおいて遅いところを極端に遅く、早いところを極端に早く演奏してアメリカ・デビューした。 本書は、本編13の章で14人のピアニストを取り上げている。第二次大戦前から活躍していたケンプ(K)とホロヴィッツ(H)を除くと、グールドとグルダは戦後になっての登場で、残りの人たちは更に若い(?)現役ピアニストたちだ。 著者の分類で言えば、KとH(およびポゴレリチ)は「ロマンチックな誇大妄想型」、残りの大部分は「ちっぽけな私の幸福型」、非西欧出身のファジル・サイやランランは「自由奔放な国際主義型」ということらしい。 今までになかった視点を提供しようとするピアニストたちの自分探しは、大なり小なり、止むことがない。聴衆もそれを求めているわけだ。ただ、限られたクラシックの曲目をめぐってこれだけ多様な実験が繰り広げられると眩惑も覚える。「それ以外の名ピアニスト」の項で、著者がリヒテル・ブレンデル・ギレリスらを軽くあしらう一方、バックハウスをことのほか持ち上げている(「大人の味」の前に言葉を失っている)のはそのためではないか。
6 人中、5人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 4.0
天才にたいする畏敬と憧憬,
By Norio001 (東京都) - レビューをすべて見る
レビュー対象商品: 世界最高のピアニスト (光文社新書) (新書)
ここ数年の許 光俊氏の著作は、粗雑なものばかりで敬遠していたのだが、この作品はとてもいいと思った。許氏の文章を読んでいると、ときとして、批評家としての自己の立場に過剰に陶酔しているような嫌な臭気を感じるのだが、光文社新書として出版されている『世界最高の……』シリーズには、批評対象に対する基本的な尊敬のまなざしが息づいており、好感をいだいている。ある意味では、これらの作品は批評対象に対する著者の尊敬と愛情の告白であり、そこには彼の心情が直接に表現されていると思う。今回の作品も、そうした魅力を発している。 本書でとりあげられているのは、著名な10数人の個性的なピアニストであるが、それぞれにたいする想いが比較的に歯に衣を着せずに綴られている(個人的には、もう少しズケズケと言ってもいいのではないかと思うところもあるのだが……)。また、各章にはその演奏家の推薦版が数枚づつ紹介されているので――上級の愛好家は既に所有しているものばかりだろうが――参考になると思う。具体的にとりあげられているのは: *アファナシエフ *ポゴレリチ *ケンプ *ホロヴィッツ *グルダ *ポリーニ *アルゲリッチ *ピリス *ツィメルマン *ペライア *グールド *サイ *ラン・ランとフー・ツォン まあ、誰を「世界最高のピアニスト」として選定するかということについては、それぞれに異論があるだろうが、こういう個人の嗜好をまるだしにした選定というのは面白いと思う。 個人的に共感をいだくのは、許氏の「天才」に対する憧憬である。努力や修練では到達することのできない「ああ、こいつとはそもそも住んでいる次元が違う」(p. 238)と思われてくれる圧倒的な才能にたいする畏敬と憧憬である。たぶん、それがあるからこそ、許氏の作品は、ときとして非常に独善的な物言いをするにもかかわらず、読者の支持を得ているのだろう。許氏は、超絶的な感動をもたらしてくれる偉大な芸術家にたいしては、衒うことなく尊敬を告白する。そうした文章は、少なくとも『レコード芸術』に掲載されている批評とも宣伝ともつかない空疎な文章よりは、読んでいて断然に面白いし、誠実だと思う。 とりあえず名曲はひととおり聴いたので、そろそろ演奏家にこだわって聴いてみたいという方々には絶好の道案内だと思う。
8 人中、5人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 3.0
誉めているの? けなしているの?,
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レビュー対象商品: 世界最高のピアニスト (光文社新書) (新書)
この種のピアニスト列伝&代表作紹介は、聴く人によって感受性が違うから、著者の評価に同意できる所もあればそうでない所もあるのは仕方がない。しかし、奇怪、どす黒い、等と評している、アフナシェフやポゴレリチの演奏、あるいは真っ先に採り上げているグールドの「トルコ行進曲」を、著者は誉めているのか、けなしているのかがよくわからない。ポゴレリチの一連の「不気味な」CDを紹介した後で、「以上挙げたCDは、どれも私が賞賛して止まぬ立派なできばえである。」と書いているので、どうやら誉めてることがわかるが、それならそういう紹介の仕方をしなさいよ、と言いたくなる。 「世界最高のピアニスト」という題名もひっかかる。つまるところ約十数名のピアニストのキャリア・エピソード&代表作を並列的に論じ、その他多数を「それ以外の名ピアニスト」で寸評しているのだから、「世界の名ピアニスト」という題名の方がふさわしいだろう。それでも「それ以外の名ピアニスト」でけなしているブレンデル等を「名ピアニスト」にいれるのは矛盾していないか? 欧米の著名ピアニストのCDでも未聴のものがあり、トルコ、中国、韓国のピアニストのCDを初めて知ったのは収穫である。
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