内澤旬子の「世界屠畜紀行」を読了。世界の屠畜の現場を歩くルポルタージュ。人間が食べている牛・豚・山羊・ラクダから犬までの屠畜の現場を著者は訪ね歩きます。このルポには大きな2つの主題があります。一つは我々人間は生きるために、他の動物の命を奪っている、という当たり前の事実の現場があるということ。そしてもう一つはその屠畜に従事する人が差別されてきたという事実。この二つを織り交ぜながら作者は世界を巡る。
私たちの食べる「肉」は当然、パックに入ったり、調理される前は生き物達の肉体であったのである。その命を頂くことで、我々は生きている。ベジタリアンにしても植物の命を頂いていることには変わりないのである。だから、我々は食事の前に、命を「いただきます」という。パックに入った「肉」からは生命を感じない。でもそれじゃダメだと思う。生命を奪っているはっきりとした意識が我々には必要なのである。命を奪って食べる。当たり前だけど、理解する機会はほとんどない。パックからは命や血を感じることはないから。だけどこの本を読んで少しは理解しよう。我々が生きるためにしていることを。
そしてその生きるために必要なことは長く差別と結びついていた。その結びつきは宗教とも絡んで堅牢な場面もある。この状況って現代日本でのイルカ・鯨漁に反対する西洋人の心理と、もしかして交差するのかもしれない。
とにかく読まないといけない、現代人必読の書であることは間違いない。