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<世界史>の哲学 古代篇
 
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<世界史>の哲学 古代篇 [単行本]

大澤 真幸
5つ星のうち 3.5  レビューをすべて見る (4件のカスタマーレビュー)
価格: ¥ 1,890 通常配送無料 詳細
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商品の説明

内容説明

キリスト教の考察から世界史最大の謎に迫る普遍性とは何か。イエスの不条理な死はなぜ必要だったのか。近現代社会の根幹をなす資本主義とキリスト教から全貌を解き明かす、知的興奮に満ちた新しい哲学!

内容(「BOOK」データベースより)

世界史は、謎の殺人事件から始まる一種のミステリーである。イエスはなぜ殺されたのか。その死と復活を記した福音書の物語は喜劇なのか。常識を覆しつつ紡がれる、まったく新しい「世界史」という物語。

登録情報

  • 単行本: 354ページ
  • 出版社: 講談社 (2011/9/21)
  • 言語 日本語
  • ISBN-10: 4062172062
  • ISBN-13: 978-4062172066
  • 発売日: 2011/9/21
  • 商品パッケージの寸法: 19 x 13.6 x 2.6 cm
  • おすすめ度: 5つ星のうち 3.5  レビューをすべて見る (4件のカスタマーレビュー)
  • Amazon ベストセラー商品ランキング: 本 - 350,048位 (本のベストセラーを見る)
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47 人中、27人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 1.0 これが学問/哲学か? 2011/11/13
By 鉄拳
誤った前提、誤った知識を幾ら積み重ねても何ら意味が無い。
本書はこの当たり前の事実を教えてくれる良書である。
もちろん、この「良書」である本書自体が、誤った前提から誤った知識を積み重ねているのだ(もちろん、多少は正しいことを語っている)。

本書において大澤真幸氏は、例えば史的イエス問題に関する近代聖書学における研究史を約200年以上無視している。つまり大澤真幸氏は200年以上に及ぶ近代聖書学の研究成果や知見を無視し、史的イエスについての自分勝手な思いつきにのみ基づき、あるいは自分勝手な思いつきに合致する(大抵は異論が多い)学説のみをつまみ食いし、その結果として自説に都合の良い史的イエス像を提示し、論をすすめる。当然ながら、大澤真幸氏によって組み立てられたこのような史的イエス像に基づく議論から読者が得られることは何もない(大澤真幸氏の史的イエス理解に納得してしまった迂闊な読者は、せめて「様式史」「編集史」という方法論がどうして生じたかを考慮されたし)。

簡単にいえば、本書は買うだけ読むだけ無駄である。
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6 人中、3人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
By 宣長さん トップ50レビュアー
Amazon.co.jpで購入済み
 新約聖書に書かれている物語を、人類史を変えた殺人事件として読み替える、読み超える試み、と言ったらいいだろうか。
 キリスト教・ユダヤ教にまつわる謎、不可思議さを制度、機構的に読み解き理解できるものにしている。
 月刊文芸誌『群像』に連載された09年2月から10年4月までのものの集積に違いないものの、冒頭にまえがきが付されている。これを311以降に書き始めることはできない、311以前に書き始めていたから今まだ書き続けていられる、探究の手を緩めずにいられる、と率直に在野の社会学者として活動することになった著者の心境が吐露されている。
 専門的な、身体の比較社会学を書き継いでいただけでは、これだけ歯切れのいい、柄谷行人以上の明晰さは発揮できなかっただろう。ドイツ人の何人がヘーゲルの歴史哲学に向かうのかは知らないが、誰もが読める歴史哲学が詩のような思想としてここに誕生し結実した。
 とは言うものの改めて、神とは何者か、神とは何であるのか、と問うたらまだ答えが出ていない事にも気付かされる。本書による怜悧な読解でも聖書の謎、キリストの彼岸にある真実は解け切っていない。しかし、そのための大まかな下準備、強力な解析の道具立てくらいはできたのではないか、というその鮮烈な印象は保てよう。
このレビューは参考になりましたか?
13 人中、6人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 3.0 身体への固執に隠された問題 2012/3/16
大澤社会学でキリストの処刑や古代ギリシア思想を読み解くという本です。
論理としては説得力があり、読み物としては面白いので星三つです。

大澤はキリストの処刑を、イエスという具体的な身体を殺すことで、身体を抽象化し、その存在を普遍化するものと解釈し、「第三者の審級の抽象化」だと解説します。
僕が疑問に思うのは、その「第三者の審級」があくまで「身体」として捉えられているということです。
大澤の『身体の比較社会学』に詳しいですが、「第三者の審級」は「身体」をベースに構成された規範の妥当性を保証する他者のことです。「第三者の審級の抽象化」は「抽象身体」に当たるわけですが、そもそも抽象化された身体を「身体」と表現するのは適当なのでしょうか。
たとえばキリストの処刑にしても、身体の抽象化には言語の獲得を見る方が西洋的発想に思えます。実際この本の中でも、「今や、キリストの身体は、言葉によって維持されている抽象的な理念性の中にしか存在しないからである」(P62)と書いてありますし、カエサルの暗殺に関して、具体的な身体が「皇帝」という一般的な抽象名詞に転化した(P226)とも述べられています。
ラカンの「象徴界」を持ち出すまでもなく、抽象化において言語の役割に触れないのは哲学として問題があるように思います。特にキリスト教を語るなら尚更です。

詳しく説明する余裕がありませんが、象徴や抽象を身体ベースで捉えるというありかたは、西洋思想ではなく、日本の近代天皇制にこそ親和性があります。
大澤は『ナショナリズムの由来』でも主にナチスを扱い、日本近代を避けていますね。扱う文献などは徹底的な西洋中心主義であり、日本近代史をすっとばしながら、その思想の根底に日本的な近代を抱えている矛盾には、どこか釈然としないものをいつも感じてしまいます。
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