「世界史」にはふたつの意味がある。「人類全体のこれまでの歩みを綴ったもの」と、「人類全体が共有可能な、或いは共有すべき過去」とだ。本書が発表されたのは1922年(その元となった"The Outline of History"は1920年)、人類史上初の世界大戦が終わってまだ間もなく、世界各国がナショナリズムへの傾倒を加速させていった時代である。そんな中でこうした本を執筆・出版・翻訳することは、非愛国的な、少なくとも没愛国的な行為であり、それは知識人や知識を求める一般大衆の、時として命を賭けたプロテストであった(ウェルズの著書は1933年にはナチスの焚書の対象となった)。
人類の未来について「教育か絶滅か」と云う激越なスローガンで世界規模での知的協力を訴え続けたウェルズの努力は今日では余り知られてはいないが、少なくとも本書に関しては、「人類全体の歴史」と云う概念を広く一般大衆に膾炙せしめたと云う意味でやはり彼の貢献は並々ならぬものがある。だが、結局はそれも人類最大の愚行の到来を止めることは出来なかった。世界がひとつになるチャンスをみすみす逃した二度目の戦後、死の直前のウェルズが書いた第2版の記述からは、深い絶望が漂って来る。
共有可能な過去を持つと云うことが、共有可能な未来を築いてゆく為に如何に不可欠のものであるかは、この60年何も学んで来なかった様な時代を逆行する風潮がはびこる現状に危機感を抱いておられる読者であれば、とっくにお気付きだろう。本書の内容は今となっては古臭く時代遅れとなっている箇所も少なくないが、ウェルズは自著のことを、後の世代によって書き改められ、乗り越えられるべきものと公言し、変化を恐れなかった。今の世代がこれからどの様な「世界史」を紡いでゆくのか、次の版を書くのは我々自身である。