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世界を語る言葉を求めて
 
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世界を語る言葉を求めて [単行本]

辻井 喬 , 宮崎 学
5つ星のうち 4.7  レビューをすべて見る (3件のカスタマーレビュー)
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商品の説明

内容紹介

東日本大震災によりこれまでの世界観に大きな変更を強いられたという二人が、3・11以後の世界を捉えうる切迫感のある思想と言葉を求めて交わす注目の対話。

登録情報

  • 単行本: 240ページ
  • 出版社: 毎日新聞社 (2011/10/21)
  • ISBN-10: 4620320757
  • ISBN-13: 978-4620320755
  • 発売日: 2011/10/21
  • 商品の寸法: 18.8 x 13.2 x 1.4 cm
  • おすすめ度: 5つ星のうち 4.7  レビューをすべて見る (3件のカスタマーレビュー)
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『アウシュヴィッツ以後、詩を書くことは野蛮である』
とテオドール・アドルノは言いました。

「3・11以降の日本社会に飛び交う空疎な言葉」(P.009)を見聞きするたびに
私(評者)はアドルノの言葉を思い出していました。

「3・11以降にありうべき言葉と思想」(P.010)を求めて
本書を手にとりました。
読了して、ひとつの方向が見えてきたと感じています。

それは
「自分という肉体の奥底の
形にならないうめき声のような
言葉を発していくしかない」(P.011)ことであり

3.11以降の歴史に
「劇場型ではなく
自分の肉体で関わる」(P.011)ことであり

「一つの肉体としてのぎりぎりの感情を、
言葉にならない言葉として
発してみるということ」(P.185)です。

標語的にまとめると
「一人の肉体としてのぎりぎりの言葉から」(P.184 小見出し)
始めようということです。

キーワードは「肉体」(で関わること)であり
(本書では明示されておりませんが)「身体性」であろうと思います。

さて本書は
辻井喬(つじい・たかし)氏と宮崎学(みやざき・まなぶ)氏という
「まったく異質な人生を歩んできた」(P.009)御二人の対談です。

辻井喬氏は、本名・堤清二氏であり、
西武百貨店、西友、パルコ、ファミリーマートなどを傘下に収める
セゾングループの代表をなされた方です。

宮崎学氏は、『突破者』の著者として有名な方です。
週刊誌記者、解体業、地上げ屋をなさっていたこともあります。

御二人には、御経歴の上で共通点が2つあります。
1)作家(ないし詩人)であること。
2)「青年期に共産党に入党し、
社会の根本的な変革を夢見て絶望した」(P.010)こと。

さらに御二人には、内面での共通点が3つあると私は思います。
1)マルクスから丸山真男まで、よく勉強していて、博識であること。
2)知識と体験をリンクさせて、深く考えていること。
3)思考の柔軟性(P.187)を持つこと。

本当の意味で、知識と知性のある御二人の対談ですから
本書は決して「やさしい」本ではありません。
御二人はお互いに「注釈抜きで話し合える人」(P.187)という御関係でしょう。

しかし(私のような)一般読者にとっては
「注釈が欲しかった」箇所もあります。
例えば、労働運動などは勉強不足のため予備知識がありません。

読者にフレンドリーな本を目指すならば
出版社には、索引や注釈を付けて欲しかったと思います。
逆に、自分で調べ、自分で考えることが
「肉体」や「身体性」の基盤となると考えるならば
索引も注釈も必要ないとも言えます。

御二人の知識に比例して、本書には多くの人名が登場します。
マルクス、レーニンのようなBig Namesを別にして
気がついたものだけでも次の通りです。

徳田球一(P.016)
樋口篤三(P.021)
田村隆一(P.027)
辺見庸(P.031)
三輪太郎(P.032)
村上春樹(P.032)
萩尾信也(P.032)
西山太吉(P.035)
橋田信介(P.037)
開高健(P.037)
石橋湛山(P.038)
阿南惟幾(P.045)
大川周明(P.046)
古在由重(P.050)
松本清張(P.059)
渡辺京二(P.068)
藤田省三(P.092)
ハンナ・アーレント(P.093)
丸山真男(P.093)
島尾敏雄(P.094)
中野重治(P.095)
島崎藤村(P.095)
金天海(P.117)
北一輝(P.120)
三島由紀夫(P.123)
渡辺恒雄(P.130)
荒岱介(P.131)
加藤周一(P.156)
アンドレ・ジッド(P.157)
T・S・エリオット(P.158)
富永仲基(P.166)
ホイジンガ(P.188)
………

すべては書ききれませんので
代わりに各章のタイトルを挙げておきます。

第1章 3・11以後の言葉
第2章 共産党という経験
第3章 日本と中国
第4章 丸山真男と「ならず者」
第5章 新たな結合へ

章題からもおわかりかと思いますが
本書は鋭い切り口の「現代左翼論」でもあります。

「戦後日本の左翼全体にたいして非常に厳しく
『あんた方、そんなことではだめだよ』という判決を突きつけたのが、
三月一一日の事態ではないだろうかと僕は思うんです。」
(P.017 辻井喬氏)
という御指摘は正しいと思います。

「もうひとつ気になるのは、
いわゆる左派市民派、かつて革新といわれている人たちのなかに、
『われわれはもともと原発には反対だった。
それみたことか、我々が言ったとおりになったじゃないか』
というような発想を精神の落ち着きどころにしている人がいる
ということです。いやらしいですよ。
自分が原発に反対していたことを免罪符にして、
状況を高所から見ている。」
(P.178 宮崎学氏)

「左派は、津波は天災だけれど、原発は人災だ、
今こそ脱原発運動を、と発想するわけですが、
彼(辺見庸氏のこと。評者)はそうではない。
畏れを失った人間がつくり出してしまった原発というものを、
もっと人間の業として考えるような振り返りがなければ
本当の変革は始まらないと私は思うんです。」
(P.179 宮崎学氏)

かつて左翼だった方も
過去も現在も一度も左翼であったことがない方も
本書を御一読されれば
左翼(思想)について御自分で考える入り口となるのではないかと考えます。

「マルクス主義は歴史と社会の認識方法として、
また資本主義のからくりを見極める眼力においては(中略)
深みを持っていると思います。
ただ、共産主義運動の実践の過程で生み出された巨大な過ちの責任は、
やはり理論そのものにもあると言わざるをえない。」
(P.134 宮崎学氏)
という問題提起は左翼論の本質だと思います。

左翼論や近代論は
それだけで1冊の本になるようなheavyなテーマなので
御二人が重ねて対談なさることを期待します。

最後に、本書の中で最も印象に残った箇所を引用します。

「いわき市にいる私の友人に、競輪仲間の仲良しがいたんです。
中小企業のおやじばかりですが、
震災後にその仲間が中心になって人が集まりつつあるそうです。
競輪選手は色のついたゼッケンを着用しているでしょう。
一番と二番が白と黒なんですが、
仲間を悼む意味を込めて、皆が一番と二番に賭けるんだそうです。
鮮明な政治意識ではなく、
生活の中で趣味的に結合していった人間関係をベースに、
新たな仲間意識、新たな共同体が形成されていくのではないでしょうか。」
(PP.180-181 宮崎学氏)
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By トップ1000レビュアー
 辻井も宮崎も言わずと知れた元共産党員で転向した方々、これだけで、いったい何の話題になるのかは、推測できるだろう。しかも、想像通りの話題に終始している。日本共産党の話、中国毛沢東を中心にした話、丸山真男の話を主な話題にして、自らの体験と当時の背景や秘話が満載である。

 辻井喬や宮崎学の共産党体験は、非常に面白い話がたくさんあった。宮顕批判や川上徹の話、民青の話など、あの時代を潜ってきたものには、今となっては懐かしい与太話なのかもしれない。60年、70年代も左翼運動はセクト主義的色彩から逃れることが出来ず、大衆から浮いてしまったのだろう。

 毛沢東と蒋介石の話題は面白かった。双方とも、孫文の左派、右派として三民主義者であることなどは、目から鱗である。結局、中国は同じ民族同士の戦いを回避しているのである。日本政府が、その真理を理解できずに、2つの中国にまごついているのだろう。

 三島由紀夫の自害の話は、辻井がかなり交遊があり、あの楯の会の衣装を西武がデザインしたこと、多くの文化人や知識人が三島批判を繰り返していたとき、三島を一人擁護していたことなど、辻井の人柄がよくでていた。

 結局、本の題名とは、かけ離れた話題なのだが、きっと、遠回しに、世界を語っているのだろう。とにかく、あの時代を懐かしく語る逸品である。オススメの一冊
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若き時代日本の革命を夢見てその思いを日本共産党に託し、そのロマンに命をかけた辻井喬と宮崎学が語る。辻井喬とはご存じ詩人・作家・西武セゾングループの経営者・堤清二だ。宮崎学はご存じヤクザの家に生まれ、日本共産党に入党。アウトローの地上げ屋を経て「突破者」で作家に。それぞれの時代背景は違うが日本を良くしたいと思う気持ちは今も変わらない。「東日本大震災はとてつもない衝撃であった」と序文。「頑張ろうニッポン」という日本社会に飛び交う空疎な言葉を「この言葉を発する人間はどこにいるのだ〜」という挑発から始まる。辻井は文学者として「文芸誌は東日本大震災を特集したでしょうか?心に届いてくる作品はほとんどありません」と発言し宮崎学は「〜その原発が稼働し続けるこの国の日常に私たちは安住してきた。だから私は今回の事故に私たち自身も加担している部分があると思っている」躍動感があって面白く読めた(ロフト・平野悠)
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