朝鮮は本当に中国の属国だったのか?が知りたくて読みました。すると、現代的概念の属国とは違う「属国自主」という関係だったとありました。これは当時の列強にも日本にも理解しがたい概念だったようで、英訳でも「属国」は「 a state tributary to China」、「自主」は「full sovereignty」であり、従属国「vassal state」ではない、としていたとのこと。あくまで私の理解ですが、「属国自主」についての解釈は清・朝間でずれがあり、「属国」とは朝鮮にとっては清が朝鮮を外敵から守る今の日米同盟のようなもの、清にとっては多分に名目的なもの(しかし非常に重要)、「自主」とは基本的に主権国家を意味していたが、列強の干渉が強まりだして以降、清は従属国として扱いだす、という意味の変化が見られ、更に双方「属国」と「自主」を局面で使い分けていた為、簡単には理解しがたい概念・関係だった、ということのようです。
このような認識の相違は、1870年前後、開国を迫る列強に対して、清は「自主」を強調し、「一切の国事は自主にまかす」と言い、朝鮮側は「属国」を強調し、「勝手に異国と関係を結ぶことはでき無い」と、双方(開国という)面倒を避ける方便としたり、或いは日清戦争で敗北して朝鮮の軍事的保護者の地位から陥落し、朝鮮にとって「属国」の意味が無くなった時点でも清は「属国」は放棄しなかったという事例に見られる。更に欧米列強も「属国自主」の「自主」を、朝鮮を緩衝地帯として位置づける方便として認識し始めるなど、「属国自主」は様々に利用されたとのこと。
しかも清が「属国」を放棄した後は「独立自主」という概念・関係が登場し、これも日本と朝鮮で認識のずれ(「自主」とは日本にとっては中立国化、朝鮮にとっては主権維持、「独立」とは朝鮮にとっては文字通り独立、日本にとっては「名目的独立」)があったとする。当時の属国/自主/独立の概念整理に役立ったが、時間が前後する記述が多く刻々と変化する情勢の理解には混乱した。