ある日、軍人の父親にアフリカ行きの命令がきた。それが、主人公シャーロットの不幸のはじまりだ。以来、父の戦死、落胆してたちまちやつれ死ぬ母、ただ1人頼みの叔父は、こともあろうにレンガの落下で脳天を割られ、あっという間に孤児になるシャーロット。寄宿学校へ入れられるが、そこでもいじめられて脱走、悪人の中へ。ところが、死んだと思われていた父が生還。あろうことかそれがさらなる不幸のきっかけになろうとは…。
苦労や不幸があっても、ハッピーエンドでカタルシスにもっていくのがお話の定型だとすれば、これは、ページを繰るたび不幸また不幸、不幸のどん底へまっしぐらの、型破りなお話。でも、これだけ徹底して悪いことが続くと、「ここまでやるか!」といっそ小気味よく、しまいに笑いがこみあげて、それなりに浄化もされるから不思議だ。有無を言わさずどんどん進むテンポのせいか、気品ある訳文のおかげか、それとも、私たちの心の奥に隠れていた、人の不幸を喜ぶ悪いタネが、意地悪なゴーリーに暴かれての苦笑なのか。
白黒の、緻密なペン画の1コマごとに、トカゲとコウモリが合わさったような、怪しい生き物が見え隠れしている。そいつが、シャーロットの不幸をいつものぞいている。そしてその小怪獣の目は、絵の中から、本書を見ている私たちのことも、見つめ返してくるようだ。(中村えつこ)
登録情報
|
感情を交えずに、ただ目の前の景色をガラスのレンズの如く淡々と見ている雰囲気だった。
物語になる『幸福な子供』などほんの一握りでこれが『当たり前』なのだと言わんばかりの淡々とした乾いた視線。
『不幸も死も珍しくなど無いのだ』とでも言いたげな乾き。
何でこんなに乾いた目で哀しいものを見るのだと思いながら、ページを繰り、
解説を見て、最初に書かれた作者!の友人が若くして亡くなっている事を知った。
幼くして不幸なまま死んだ少女の物語を、溢れる才能を持ちながら若くして亡くなった友人を偲んで描いたこの作者は多分にペシミスト的な視線を持った人だったのだろう。
読み終えて、その人が呟く声をうっすらと聞いた気がした。
『罪無き幼子でも不幸になるし、若く才能があっても亡くなってしまうのだ』
この本は皮肉めいたペシミストの声なき嗚咽なのかも知れない。
|
この商品のクチコミ一覧
関連トピック一覧のアクティブなトピック
クチコミを検索
|
関連するクチコミ一覧
|
|