内容紹介
~「はじめに」より~
本書は、「I もうひとつの〈場所〉へ」「II 不埒な彼/女」「III 希望の境界」の三部構成である。(中略)
「I もうひとつの〈場所〉へ」では、かつて活気に溢れていた寄せ場の情景と、一九九〇年代の新宿駅西口地下における「居場所」と「公共性」をめぐる攻防という二つの過去について論じられている。しかし、ここで論じられている内容は、過去について説明されていながらも、決して過去を懐かしむような内容ではない。中根光敏は、寄せ場とは形を変えた労務対策の存在を近年のフリーターや、非正規雇用者から見いだしている。また、山口恵子は、野宿者を都市空間から排除する正当性を維持するための「公共性」の強調が、結果的に、野宿者だけでなく、都市の自由を奪うことに繋がっていることを指摘している。
大規模な強制撤去によって、新宿西口地下で「居場所」を奪われた野宿者たちの行く末は、「II 不埒な彼/女」で、北川由紀彦による、自立支援センター利用者の聞き取り調査を事例とした分析に垣間見ることができる。北川によると、自立支援センターは、安定した職に就き、安定した生活を送られるよう支援することを目的としながら、入所者を「従順な労働者になりうる層」と「我慢が足りない層」とに分類し、後者を路上へと掃き出す機能を果たしている。
さらに「II 不埒な彼/女」では、「外国人」と「女性」という、従来の寄せ場/野宿者研究において周縁化されてきた存在について論じられている。山本薫子によると、日本人の多くが、寿町(横浜市内にある寄せ場)を「安価な労働者である外国人が下層労働市場へ組み込まれていく状況」として位置づけているが、実際は「日本で置かれている社会的不自由こそが彼ら彼女らを結果的に寿町につなげる要素となっている」と指摘している。寿町を下層労働市場としてではなく、エスニック・ネットワークとして解読していこうとする山本の分析は非常に興味深い。また、文貞實は、女性野宿者を「野宿者」として、さらに「女」としての抑圧的な構造を押しつけられている存在と位置づけている。自らの存在を無効化し、徹底的に「無力である」ことを示す彼女たちを、文は、社会的な暴力の包囲網に対する批判的な応答と呼んでいる。
常に摘発を警戒した状態で労働することおよび生活することを余儀なくされながら、日本社会において、確実にそのネットワークを形成し、拡大させている外国人労働者。自立支援システムによって、再び路上へ掃き出される元野宿者。そして路上へ止まるということでしか自らの主体性を表明する術を持たない(持てない)女性野宿者。彼/女の存在は、果たして絶望なのか、希望なのか。
「III 希望の境界」において、西澤晃彦は、野宿者の生への抗いが閉じられた公共的空間へと介入する社会的な抵抗へと繋がり得るものかと問うているが、その答えは明確ではない。また、狩谷あゆみは、繰り返し起こる野宿者襲撃を問題視しつつも、その現象に「暴力と男性性」という新たなテーマを見いだしてしまう。
このように、不埒な存在について論じる著者たちもまた不
内容(「BOOK」データベースより)
寄せ場の、ダンボール村の収容施設の、ストリートの男、女、外国人たちその“不埒”な生が示すもの…。彼/女のもとへと歩み出る7篇の考察。