概して面白く読めたが その「面白さ」はあくまで著者が本書で語る「物語」の面白さであり それが本当なのかどうかについては 留保が必要ではないかと感じた。
例えば著者は「酒鬼薔薇聖斗事件」「地下鉄サリン事件」などに 時代を読み込もうとしている。
著者が読み込んだ「物語」は読んでいて説得力には満ちている。しかし一方 それらの事件が 果たして時代を代表するような出来事であったかどうかに関しては 同時代に生きた僕としては説得されなかった。
事件にまとわりつく「記号」を分析する知性には感心しても その記号は そもそも特殊ではないかという印象が最後まで残った。
ましてや松本清張のサスペンス小説「砂の器」を取り上げ 主人公の本浦を 「本裏」=「裏日本」と読み込んでしまう著者の「深読み」を考えてしまうと それ以外の著者の読み込みも もしかしたら同レベルに「面白く」かつ「深読み」ではないかと感じてしまうのだ。
その上でオタクを巡って 現代を読み込む手法に関しては 「そもそもオタクがこの時代を切りとる正しい切り口なのか」という前提を押えるという手続きに欠けている気がした。
現代の日本社会を分析するにあたり オタクという「特殊な記号」が どれほど有効なのかが僕には説得的ではなかった。
「オタク文化を読み解くことの面白さ」は本書でも十分に感じさせられるが それが 現代の日本のすべてとは思えない。今の日本を高齢化社会だと考えると その高齢者たちが オタクだとも思えず 従い 日本のある一定以上の人たちを外した日本論の有効性が ぴんとこないのだ。その意味でも 前記の手続きがほしいと思った。
著者の博覧強記と 語り部としての才気はすさまじい。それがある意味で裏目に出ている気もした次第だ。繰り返すが 大変面白い本ではあるのだ。