「一流たちの修業時代」「我らクレイジー☆エンジニア主義」で紹介されていた千葉工業大学未来ロボット技術研究センター所長の古田貴之氏が書いた本です。
氏は、父親の仕事の関係で、2歳から7歳までインドで過ごします。
小学校に入ってから日本に帰ってきますが、日本の小学校を個人の違いを尊重しない軍隊的な組織であると感じ、なじむことができずに一人で過ごすようになります。
14歳で、脊髄がウィルスに感染し、余命8年、一生車椅子生活の宣告を受けます。奇跡的に回復し歩くことができるようになりますが、氏は闘病中に車椅子ロボットを作ることを考えます。
退院以降は、ロボットに関する勉強を独学で進め、ロボット研究で名高い富山健教授が在籍する青山学院大学へ進学し、特例的に1年生から青山教授のゼミに出入りします。
その後、助手を務めながら、世界で初めて自律二足歩行のロボットを完成させ、注目を浴びます。
その後は、宇多田ヒカルのミュージックビデオクリップに登場したPINOを開発した科学技術振興機構の「北野共生システムプロジェクト」へ移籍し、先日、本ブログでも著作「デザインの骨格」を紹介した工業デザイナーの山中俊治氏とともにmorph3を完成させます。
同プロジェクトの終了とともに、スタッフ一同で現在の研究所に移り、ハルキゲニア01、ウインド・マスタースレーブ・コントローラー、ハルクIIを完成させます。
氏は、幼少期のインドでの生活、小学校でのいじめ、中学生時代の大病、大学助手時代の仲間とのすれ違いと生涯の仲間との出逢い、所属する研究組織の移籍など、通常の日本人が経験できないような紆余曲折を経験します。
そしてその節目節目で、人生を変えるような人と出会います。
氏は、その出逢いが偶然であるかのように語りますが、その人と出会っているのは氏だけではなく、氏がチャンスを掴んでいるのは、やはり氏自身の日ごろの研さんゆえでありましょう。そのひたむきさが、周囲の人を引きつけ、さらにチャンスを生んでいるのです。
本田のアシモがまだケーブルでつながっていたころに、自律二足歩行ロボットを完成させた氏の卓越した技術と知識がこれからどれほど大きく開花するのかが楽しみです。
そして将来は、氏の研究のスタートとなった車椅子歩行ロボットが完成することを期待したいです。