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16 人中、14人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0
設定された読者と 設定されていない読者,
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レビュー対象商品: 下流志向〈学ばない子どもたち 働かない若者たち〉 (講談社文庫) (文庫)
数時間で楽しく読み切った。この本を読むに際しては、自分の立ち位置を良く考えないと行けないと感じる。もっと言うと、著者が本書の読者として設定しているのは副題の「学ばない子どもたち 働かない若者たち」本人ではなく、彼らの親や上司であると僕は理解した。従い、本書の読者が、著者の設定した立場にいるか、いないかで本書の読み方も多分全く変わってくるはずだ。 僕自身は幸か不幸か著者の設定した読者の範疇にいると思う。中年を迎えて、子供の勉強が気になったり、会社においても部下のモチベーションを考えることが多くなっている。その立場から本書を読むと、誠に快刀乱麻であり非常に説得された。但し、「学ばない子どもたち 働かない若者たち」が本書を読んだ場合にどのような反応を示すのだろうか? 「設定されていない読者」として、彼らが本書をどのように読むのかを考えることは中々難しい。そもそも、彼らが本書を手に取るかどうかすら分からない。「学ばない子どもたち 働かない若者たち」という表現には、著者が彼らとの間に取っている一種の「距離感」が有る。その「距離感」に彼らが耐えつつ、本書を読破することが出来るかどうかということは僕の疑問だ。 それにしても内田という方の論にはいつも感嘆する。内田の本の魅力は、読んでいて その全く新しい独創的な論に魅了されるという点にあるわけではない。むしろ「そうそう、僕もそう思っていた」という、一種の既視感に囚われることが多い。自分で考えていたことをすらりと纏めてくれる味方のような印象を受けてしまう。 勿論、そこに内田という方のたぐいまれな話術がある。内田の論を「前からそう僕も思っていた」と思わされてしまった段階で、強烈な説得力になる。なぜなら、その段階で内田の論を「自分の意見」と勘違いしてしまっているからだ。人間は常に「自分の意見」だと思っていることに固執することも確かだ。
48 人中、39人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 4.0
タイトルの妙と、切り口の鮮やかさ,
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レビュー対象商品: 下流志向〈学ばない子どもたち 働かない若者たち〉 (講談社文庫) (文庫)
私の勤務する会社は世間では下請けと呼ばれる製造業です。その人事担当として勤務しています。弊社の高校新卒者の状況を示します。採用者数は、H19年4月入社36人・H20年4月入社37人・H21年4月入社35人、計108人。そのうち退職者は50人。退職者のうち、入社後1年未満で退社した者は30人、入社2年目の年度で退社した者は17人、入社3年目の年度で退社した者は3人。(女子はH19年4月に1名採用のみで現在も在籍。退職者は全員男子となります。) 弊社の仕事は、作業服を着てヘルメットを被り安全靴を履いて行う「現場作業」です。さて、この数字が同業他社や他業種と比べて多いのか少ないのかはとなると不明です。しかし3人に1人が1年もたたずに退職し、半数が3年もたずに退職するわけです。それもこの不景気の時に。彼らの行動が理解できず、どう対処すればいいのかわからないときに出会った本が、内田教授の「下流志向」です。「わからないことは、そもそもなかったことと思考するのが、今の若者である」「彼らはこの世を、生産社会は見なさず、消費社会と認識している。彼らは消費社会の申し子である」との趣旨の発言が印象に残ります。タイトルの妙と切り口の鮮やかさが光ります。
95 人中、75人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 3.0
教育論では良い指摘もあるが、検証不可能な恣意的議論,
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レビュー対象商品: 下流志向〈学ばない子どもたち 働かない若者たち〉 (講談社文庫) (文庫)
労働を経験する前に消費者としての経験を子供がつみ、教育に経済合理性イデオロギーが誤って導入された結果、現代の若者は勉強することの自分の苦労と教育サービスを商品の購入と同じ交換だと考えるようになってしまったと言う。その結果、自分が払うお金としての苦労は最小限に値切るのが当然で、しかも「それを勉強して何の役に立つのか説明してくれなければ、勉強しないよ(買わないよ)」というかつてはなかった新しい態度が生まれたのだと言う。しかし、勉強をする以前に学問の価値を理解する、説明することは不可能だ。その結果、「自己責任」で判断して勉強することを拒む若者層が生まれ、90年代以降日本の若者の学力、知力は急速に低下していると説く。 著者の饒舌で、巧みな説明に思わず説得されそうになるが、実は検証可能な事実に基づいた論拠は示されていない。確かに世界学力テストの推移をみると、日本の子供はかつてのトップからじわりじわりと落ちてきている。上がっているのは、香港、台湾、韓国、シンガポールなどだ。 しかし、こうした国は日本と同様、あるいはそれ以上に、経済がクローバル化する中で、現代消費文化や市場を相手にした経済合理性イデオロギーの洗礼を受けている。従って、日本の若者、子供の相対的な学力低下を、経済合理性イデオロギーの教育への浸透や現代消費文化で説明するのは、明らかに無理がある。 教育のあり方については、納得できる重要なポイントも指摘されているのだが、結局は「経済合理性イデオロギー」を攻撃、批判したいという著者の我田引水論法が饒舌なレトリックで展開しているだけだ。 そういえば、私が高校生だった1970年代にも、若者論ではやった言葉が「三無主義」(無責任、無感動、無関心)だったなあ。
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