数時間で楽しく読み切った。
この本を読むに際しては、自分の立ち位置を良く考えないと行けないと感じる。もっと言うと、著者が本書の読者として設定しているのは副題の「学ばない子どもたち 働かない若者たち」本人ではなく、彼らの親や上司であると僕は理解した。従い、本書の読者が、著者の設定した立場にいるか、いないかで本書の読み方も多分全く変わってくるはずだ。
僕自身は幸か不幸か著者の設定した読者の範疇にいると思う。中年を迎えて、子供の勉強が気になったり、会社においても部下のモチベーションを考えることが多くなっている。その立場から本書を読むと、誠に快刀乱麻であり非常に説得された。但し、「学ばない子どもたち 働かない若者たち」が本書を読んだ場合にどのような反応を示すのだろうか?
「設定されていない読者」として、彼らが本書をどのように読むのかを考えることは中々難しい。そもそも、彼らが本書を手に取るかどうかすら分からない。「学ばない子どもたち 働かない若者たち」という表現には、著者が彼らとの間に取っている一種の「距離感」が有る。その「距離感」に彼らが耐えつつ、本書を読破することが出来るかどうかということは僕の疑問だ。
それにしても内田という方の論にはいつも感嘆する。内田の本の魅力は、読んでいて その全く新しい独創的な論に魅了されるという点にあるわけではない。むしろ「そうそう、僕もそう思っていた」という、一種の既視感に囚われることが多い。自分で考えていたことをすらりと纏めてくれる味方のような印象を受けてしまう。
勿論、そこに内田という方のたぐいまれな話術がある。内田の論を「前からそう僕も思っていた」と思わされてしまった段階で、強烈な説得力になる。なぜなら、その段階で内田の論を「自分の意見」と勘違いしてしまっているからだ。人間は常に「自分の意見」だと思っていることに固執することも確かだ。