鬼才オーソン・ウェルズの作品は『市民ケーン』にしろ、『偉大なるアンバーソン家の人々』にしろ、『黒い罠』にしろ雰囲気作りや見せ方に面白みがあり、そのユニークな力強さが映画に限りない魅力を与えているのですが、どれも内容的には虚無感が全体を支配する無意味なものであるとの印象をぬぐえません。人間ドラマとしての重みを示唆するでもなく、かといって社会性のある主張があるわけでもないのですが、だからこそ『上海から来た女』はそんな意味でウェルズ・フィルムを代表する作品とも呼べるでしょう。
まず物語の背景そのものはたいへん変化に富んでいて面白い。富豪夫人としがない船乗りがひょんなことから出会うニューヨークにはじまり、カリブ海への船旅、浜辺のパーティ、法廷でのやりとり、チャイニーズ・オペラ・ハウスでの潜伏、そして名高い遊園地でのラストと、互いに全く関係の無い背景がシュールかつ効果的に結びついていくあたり、はやりウェルズ監督のただならぬ独創性に感心してしまいます。
カメラはときに大胆な平行移動をみせながら、人物の表情を「こんな近くでとってもよいのか」というぐらいの至近距離からアップでおさめます。これが妙な緊迫感を生んでいます。特に富豪夫人を演じたリタ・ヘイワースのアップは彼女の美しさを際立たせているのと同時に、彼女が抱え持つ複雑な心理をも巧みに演出しています。そして、やはりクライマックスの遊園地のアトラクションでの映像は魔法と見紛うばかりの奇抜な面白さに満ちていて興奮させられます。
むろん、船乗りマイクに扮したウェルズ本人や富豪夫人エルザを演じたヘイワースの存在感は絶大なのですが、フィルムに独自の力強さを加えたのは利己主義な富豪アーサーを演じたエヴァレット・スローンと不気味でいやらしい彼の右腕ジョージを演じたグレン・アンダースでしょう。彼らの老獪さと訳のわからなさにウェルズもヘイワースも終始翻弄され続けるわけですから。
深い内容はなくとも、スリラーとしての面白さ、ストーリー展開の巧みさ、またその見せ方は一級であり、あらためてオーソン・ウェルズという人の個性豊かな才能をまざまざと見せつけられた感じです。結論として、「映画は本来内容よりも面白さが重視されるべきである」というのがウェルズ本人の持論だったのではないでしょうか。そんなことを思わせる快作がこの『上海から来た女』であると思うのです。