上杉謙信をテーマにした小説は沢山ありますが、その中でも本書は
“謙信らしさ”を特によく表している一冊だと思います。
永禄四年の第四次川中島を中心とする短期間の物語ですが、それでも
多くの人が謙信に抱く清潔さや理想を追求するための厳しさ強さ、
そしてロマンチシズムなどが嫌味無く十分に描かれています。
執筆された時代に因るところの、近年の研究からは史実とはいえない
部分もありますが、見事な状況描写でバランスを保ち、物語としての
興味を失いません。ちなみに巻末文で、本書は太平洋戦争勃発時に某誌
に連載されていたものとの解説があり、それが当時の著者の戦争観を
映しているいうような意見が述べられていますが、そこに哲学はあった
としても、政治性は無いものと考えます。そのような重苦しい理屈を
私は一切感じませんでした。
初鹿野伝右衛門、鬼小島弥太郎、斎藤下野守など甲越の両将士に纏わる
エピソードも読者を引きつけるものがあり、またそれぞれの人物も魅力的です。
もちろん武田信玄には至っては、人物・組織・軍略まで、謙信とは見事
なまでのコントラストを映し出し、これもまた大変魅力的な好敵手として
存在感を示しています。
私は以前、特に謙信に肩入れするわけでもなく、信玄も含め、時間が
あれば様々な武将や大名をテーマにした読み物を目にするようにして
いましたが、本書を読んでからはすっかり謙信ファンになってしまいました。
それ以来、何度も本書を読み返しています。それはもちろん本書の謙信
に魅力を感じるからです。
終盤にある村上義清との問答の中で、読者は義清の苦悩に触れ、また
人間上杉謙信の苦悩も知らされますが、そこには義清を諭しながらも
自分自身に道義を説く謙信の真摯な姿があり、感動を覚えます。それは
とても熱いものですが、しかし清々しくもあるのです。
私の忘れられない一冊です。