本書は、『清浄道論』を著した上座部大寺派のブッダゴーサが、それまでの仏教の教理体系と関わる成仏伝承であった「四諦型三明説」を「縁起型三明説」に変更し、しかも理論武装を用意周到に施し、それが上座部仏教の以後の思想形成の道筋を支配し、パーリ正典の成立に影響を及ぼしたことを学術的に初めて明らかにした力作である。
それは同時に、『清浄道論』の修行体系がブッダ釈尊の創始した修行体系とは異なることの証明ともなるので、ブッダ釈尊の修行体系をブッダゴーサ以前に戻す必要が出てきた。
著者は、“ブッダゴーサは『清浄道論』の執筆に当たって諸部派に広まっていた四諦中心の修行体系を解体し、新たな修行体系を作り出した。彼の思想的貢献は、四諦の観察(「無常な諸法」と「永遠の法」の並行観察)から諸行の観察(「無常な諸法」=「縁起=縁起支」の観察による「永遠の法」への到達)へ修行方法を転回した点にある。(p.129)”と指摘しているが、「縁起の法」という永遠不変の法則は執着の原因となるので、ブッダ釈尊が如実知見すべき対象(瞑想対象)から除外したものであった。
ところが、ブッダ釈尊滅後の諸部派に、如実知見すべき「無常な諸法」に「永遠の法」を加えるという逸脱が現れ、ブッダゴーサは『清浄道論』によって、如実知見すべき「無常な諸法」を切り捨てて「永遠の法」だけに専念させるという間違い(極端な逸脱)を犯したことになる。
本書を読んで、Buddhadasa比丘が上座仏教を捨て、森林寺院=スワンモーク(Suan Mokkhaphalaram)で瞑想修行と仏典研究を行うことになった経緯を理解できた気がする。