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443 人中、419人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0
必読である 三陸に大津波は何度も何度もおきていた,
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レビュー対象商品: 三陸海岸大津波 (文春文庫) (文庫)
2011年3月16日 記す.吉村昭の大ファンだったので、この本も読んでいた. 今回の地震、大津波が起きた時、すぐに脳裏に浮かんだのがこの本だった.この本の冒頭に明治29年におきた三陸海岸を中心とした地震、津波による被災地の地図が掲載されている.今回の被災地と重なる、全く同じと言っても過言では無い.明治29年の津波でも二万人以上が亡くなっている.今も悲惨であるが、今よりも、もっと悲惨である事がこの本でわかる. 明治29年の被災地と、福島の原子力発電所の場所とは多少違う.しかし、三陸のそばである事は間違いない. 福島の原子力発電所を建設するとき、この本を読んで(そして、この本の元になった資料を本格的に調べて)、注意を喚起した人はいなかったのだろうか.想定外の津波と、東電、保安院の方々は言うが、この本を読めば、その発言が間違っている事、認識不足である事は間違いないと思う. この本で著者は当時に記録されていた事を、掘り起こし、丁寧に調べ、わかりやすく記している.吉村昭文学の真骨頂である. この本の元本が刊行された当時(1970年)、明治29年の津波を実際に体験した古老が二人生存(最後のタイミングであった)しており、その方々からも話を聞いている.古老の話によると、津波は50mにも達したと言っている. この本を5年前に読んだ時、三陸に住むのは怖いと思った.また、三陸というのは、津波が生じやすい,世界でもとてもまれな土地である事が解る..こういう特殊な場所に住むのが、たった1度の人生にとって良いかどうか.わからない.三陸の美しさ、海の幸のおいしさは格別であるから余計に思いは複雑である.この事は、どう考えたらいいかわからない.100年、1000年に1回ではない事も、この本を読んでわかる.明治以降では明治29年、昭和8年、そして昭和35年の3回は大津波が起きているのである.その他にも、古文書を調べると、三陸で起きた大津波が10数回あると著者は例を挙げて記している. 後書きで、この地で著者が講演した時の事を記している.講演した時、三陸の人々も、明治29年の三陸に生じた津波が50mにも達した事を知らなかったと記し、彼の地でさえもそう言う記録、伝承は次第に薄れてくる事がわかる.まさに「天災は忘れた頃にやってくる」である. まさか、自分が生きている時に、この本と同じような事が、起きるとは思わなかった.三陸海岸を愛した吉村昭が生きていれば、今回の地震、津波に対して、どう思い、発言しただろうか. とにかく、防災関係者、地震に感心がある人、必読の本である.地震当日、この本について、専門家もアナウンサーもキャスターも一言も触れていなかったと思う.専門家が知っていて、紹介しなかったのか.知らなかったとしたら、不勉強である。未曾有の地震、津波と言うが、未曾有ではなく、同様な地震、津波はすでにこの本で紹介されていたのである.想定外などと言う発言は、ちゃんちゃらおかしいのである.皆さん、読んで下さい.そして、今、出来る事を、将来できる事をこの本を参考にして、考えましょう.被災者の方々を心から応援したい.そのために、この本が必要です.
23 人中、23人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 4.0
同じことが繰り返されることの悲劇,
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レビュー対象商品: 三陸海岸大津波 (文春文庫) (文庫)
東日本大震災で受けた津波被害は、ここに書かれていることとあまりに酷似しているように思える。 瓜二つなのは地震や津波の様子ではない。 被災のしかたのこと。 一例を挙げると、先日TVでの報道がある。 津波被害の及んだ地域には仮住宅といえども建ててはならないとした知事に対し、 漁業を営んでいた村民がなるべく元の位置に許可を出して欲しいと嘆願されていた。 いつくるか分からない津波のために日々の生活の不便は許容できないのも当然だろう。 しかしまた同じことが必ず繰り返されるに違いない。安全とは何か。命とは何か。 そして都会であれ地方であれ、自然と暮らしていくこととはどういうことか。 今回わたしたちが目の当たりにしていることとこの本に書かれた過去の記録を通じ、 考えなければならないことはたくさんあるように思われる。 『三陸海岸大津波』にはたくさんの被災者の声が記録されている。 『東日本大震災100人の証言 AERA緊急増刊 2011年 4/10号』と比べながら読まれるといいかと思う。
79 人中、75人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0
いつ来てもてもおかしくない津波の凄さを記憶しよう,
By 千保川隼人 (富山県高岡市) - レビューをすべて見る
レビュー対象商品: 三陸海岸大津波 (文春文庫) (文庫)
明治二十九年と昭和八年の三陸海岸の地震と大津波、昭和三十五年のチリ地震津波の被害を交通が不便にもかかわらず、バス、汽車を乗り換えながら一ヵ月以上かけて現地取材している。明治の津波被害の生存者は八十五歳を越えて、取材には苦労があったらしい。著者は、四方八方に目が届いた取材となり、自画自賛に近い満足感をあとがきで述べている。明治二十九年でも前回の安政三年の津波から四十年を経ていて、古老の記憶もあいまいになって、“よだ”と地元で呼称された地震津波のよる甚大な被害から逃れることができなかった。五十メートルの高さもあったという言い伝えもあり、ところによっては標高百二十メートルにあった家屋まで津波が届いている。 大災害の記憶が残る昭和八年には、津波の到来を予測して山に逃げる人が多く、人的被害が減少した。そして東北の漁村の湾の入り口に大きな防潮堤が築かれるようになった。それでも太平洋の彼方から押し寄せる地震という予兆のない津波を予測するには時代を経る必要があった。それがチリ津波の教えたものであった。 現代では、プレートテクトニクス理論に基づく地震発生のメカニズムが解明されてきており、人工衛星による地震津波の観測網も整備され、一時代を画すような地震対策がとられている。それでも油断すれば、インドネシアのように災害は繰り返される。 人知を超える自然のエネルギーを前にすれば、万全という予知・対策はない。三陸海岸の津波の歴史は海に囲まれる日本国民すべてが共有すべき記憶であると、著者は訴えていると考えられる。
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