華人初のノーベル賞作家、高行健の代表作『霊山』は、
『山海経』の強い影響のもとに成立しており、
長江流域を舞台とする伝説奇譚が数多く語られるとともに、
西王母や崑崙への言及がなされてもいる。
この小説を細かく読み解いてみると、作者はどうやら
四川の岷江上流の地域に強いこだわりを持っているらしく、
そのことがどうにも不思議でならなかったのだが、
本書を読んでその疑問が一気に氷解した。
とりわけ、崑崙の所在についての推定は興味深く、
思わず、高行健は本書を読んでいたのではないかと
疑いたくなってしまうほどなのだが、
『霊山』が書かれたのは1982年から89年にかけてであり、
三星堆遺跡の発見は86年のことだというから、
この時に発表された考古上の成果が、
『霊山』に反映されていたとしても、
あながちおかしくはないかもしれない。
『霊山』とのつながりはさておき、
著者の提示する「長江文明」のイメージには、
従来の「黄河中心主義」とは異なる新鮮さがある。
また、一般には「荒唐無稽」とされる『山海経』を、
あくまで史実を反映したものとして読み解く上で、
文献資料のみに頼る歴史学の方法には限界があり、
考古学的な知見と組み合わせるべきだとする著者の主張は、
人文系の学問一般に当てはまることのようにも思えた。