一橋文哉という人はすべてを説明してくれそうでいて、肝心のところは匿名にしてしまうという、禁じ手をためらいなくバンバン使う書き手である。業界で「あの人のはフィクション」と言われるのは仕方ないだろう。
ノンフィクション好きの私とて、この人の位置づけには迷ってしまう。
これは、憶測だけでフィクションすれすれの「日本怪死人列伝」を書いた安部譲二アニキや、やはり憶測をもとに裏社会での顔をバックとした発言をする宮崎学に対しては抱かなかったとまどいである。
一橋の著作によると、憶測どころか綿密な取材をしたことになっている。
つまり、「売りたいがための大嘘つき」なのか、「真実を追求する日本の眼力王」なのか、彼の場合はどちらかでしかないわけだ。ここが非常にとまどうところである。
アメリカに逃亡したという人物の素性をなぜ明かせないのか?この本の内容から判断するなら、ウソ八百であるか、訴訟を恐れているか、鬼の目にも涙の慈悲を見せたか、その中のどれかである。
ウソであるなら、「フィクションです」と断らなければ卑怯だ。訴訟を恐れるなら、「ノンフィクション」の書き手の看板を下ろすべきだ。「慈悲を見せた」のなら、読者に対して無責任であり、やはり「ノンフィクション」の看板を下ろすべきだ。
「赤報隊」でも同じことが行われていた。
やはり「フィクション三億円事件」とか、「フィクション赤報隊」とかにするべきなのではないか。安部譲二や宮崎学のような経歴のないあなたが、どうしてそこまでの眼力を持ち得たのか、その著作だけでは説得されない。本当に「真実を追求」しているのなら、「どうです、この説って。」と本を出して喜んでいるだけでなく、暴くことによる直接の効果をも目的としているはずだ。この人の姿勢はどうやらそうではない。