日本の読書界では、ローベルト・ムジールは、もう忘れられた作家なのだろうか。私は、時折、彼の作品を思い出し、無性に読みたくなる。
十代の終わり、神田の「田村書店」で、「Drei Frauen(三人の女)」を見つけたときは、とても嬉しかった。独和辞書を片手に、ゆっくりと読み出したときの感動を忘れることはできない。
三つの物語の中で、「グリージャ」と「ポルトガルの女」は、アイザック・ディーネセンのゴシックロマンを読むときのように、めったに飲むことのできない酒を堪能するように、ただ、ひたすら楽しむことができる。
しかし、「トンカ」になるともう全く勝手が違う。身分違いの青年と娘。青年の旅行中に何者かによって妊娠し、しかも重篤な性病を移されて、身重なまま死んでゆく娘と何とかして彼女を信じようとする青年の愛の物語である。普通に考えれば、99%、男は、どんな事情があったにせよ、女に裏切られたのだ。しかし、彼は、残る誰も証明できない1%の可能性に賭けようとして煩悶し続ける。
私は、ふと、声をかけたくなる。「トンカは、精霊によって身ごもったのだ。性病というのは、何かの手違いだろう。神にも、間違いはあるものだ」もちろんそんな言葉が、彼にとって何の役にも立たないことは分かりきったことだ。「夏の日にふと舞い降りた一片の雪」。それが、「トンカ」であり、この一対の男と女の不思議な愛の物語なのだ。