『
ウルトラセブン』の
アンヌ隊員で知られるひし美ゆり子さんがデビューから45年が経過した現在に至るまでの自身の女優人生の軌跡をふりかえりながら語りおろしたインタビュー本である。
ご本人も述べられているようにひし美さん自身の女優としての経歴でいえば、失礼ながら決して大女優とはいえず、アンヌ隊員を除くとマイナー作品でのセクシー女優、ヌード女優としての二番手三番手的な役柄の強い印象が残る。
ただ、そうした経歴から語られるひし美さんの今回のインタビューにおいて、『ウルトラセブン』というメジャー作品でのアンヌ隊員という当たり役を手にした反面、以降の出演作でもメジャー作品から幾度か出演機会のオファーがあったものの諸事情により出演できなかった事でその後の女優人生にも大きな影響を与えたかもしれない機会を逃した体験もしているひし美さんだからこそ、ひし美さんに関心の薄い私が読んでも興味深い内容となっている。
友達の付き合いでコンテストに応募したきっかけで芸能界デビューを果たした挿話や『ウルトラセブン』のアンヌ隊員役も当初は映画出演をする女優さんの代役として抜擢され、また隊員服もその女優用にサイズを合わせて作ってあった事からグラマーなひし美には(特に胸のあたりが)窮屈でファスナーをあげる時が物凄くきつかった感想を述べており、偶然にもボディーラインが密着した隊員服に包まれたアンヌ隊員を見ていた子供たちに鮮烈な印象を与えた事は間違いなく、番組終了から40年が経過した今日に至るまでこれほど愛される役になるとはご本人にとっても全く予期せぬ出来事であったようだ。
私的には『
新仁義なき戦い 組長の首』〈1975〉や『
忘八武士道』〈1973〉、そして初の主演映画となった『
好色元禄(秘)物語』〈1975〉の撮影秘話や無名時代の松田優作との挿話(『
松田優作物語』に掲載)は興味深く、一方で『
新網走番外地 嵐呼ぶダンプ仁義』〈1972〉での高倉健氏の相手役や新藤兼人監督が撮る谷崎潤一郎原作の『
春琴抄』(後に『讃歌』に改題、1972)、大島渚監督から『
愛のコリーダ』〈1976〉の主演オファーを諸事情により、断ってしまった挿話も興味深く、運命のいたずらと片付けるにはあまりにも惜しい。
それでも、そうした運命(チャンス)に流されながらも決して後ろ向きにならずに飄々とされており、また今日の映像メディアをめぐる視聴者側の環境の変化や情報化時代によって放送終了後数十年の時を越えてアンヌ・ブームが再燃する運命を引き寄せるのもひし美さんのもつ魅力をなせる業なのかもしれない。