この物語は、1と2でひとつの話になってます。3は来月発売とのことですが、
エピソードは2で完結します。
23歳の凜田莉子(凛じゃないですよ。お間違えなきよう)は極めて等身大のヒロインであり、
美人で頭がきれて博識ですが、1ではそうなった背景が現在と同時進行で記されます。
この莉子の生い立ちを記す波照間島での描写が秀逸で、時系列が前後しても軸がぶれず、
読者に判りやすさを与え続ける文章力は大変なものだと思います。「催眠」の頃は
人物の視点が章によって変わるたびに若干のギクシャク感を生じさせていたものですが、
すべてがビジュアライズに浮かんでくる文体は大したものです。
莉子とそれを取り巻く人々は親切でヒューマニズムに溢れ、極めて現実的です。
莉子の成長過程、瀬戸内陸に学んで、まずマイナス面と見なされていた感受性の異常な高さを
歴史の記憶力に繋げ、次いで場所ニューロンを利用した地理の記憶力を獲得、さらに
思考力と観察力、計算力へと学ばせていく教育法はリアリティがあって、莉子とともに
成長していく気分になれます。1ではこの過程がなによりとんでもなく面白いです。
謎を暴いていくホームズ的活躍も楽しく読ませますが、力士シールという少し前に流行った
アイテムを効果的に使うことでリーダビリティを高めています。
週刊角川という架空雑誌の記者、小笠原悠斗が相棒役ですが、NHKなどテレビ局や他の
出版社も実名で登場するので、ジャーナリストの登場人物が版元の人間になるのも必然でしょう。
「フライデー」が刊行されている日、というのも2の結末への実はヒントになってます。
なにより莉子は明るく、天真爛漫で、飾りっけがない。現実に立脚した魅力的なキャラです。
結末と、途中に出てくる不可解な「経済破綻の未来世界」が何を意味するのか、そして力士シール
の真相は、2に譲られます。1の伏線が2で利くので、続けて読むべきです。
分けなくてもいいのに、という人には、1と2が一緒になった単行本も出てます。高いけどね。
驚くべきことに、2まで通じて殺人は一回も起きません。その辺りも「催眠」に回帰してます。
ところで作者が松岡氏だからといって、千里眼の岬美由紀と凜田莉子の無用な比較はやめてほしい。
ジャンルも世界観も違うし(4巻には嵯峨が出るようだが彼は本来「催眠」のキャラである)、
これから成長が描かれる莉子のほうは等身大の魅力であり、美由紀はクラシカルな英雄譚の、
むしろ現実味のない作為っぽさが面白さにつながるキャラである。
読みやすさとテンポ、オーソドックスでストレートな推理物の面白さとキャラの魅力で、
文庫読書でさらりと楽しむのにとても向いていると思います。