ファンタジー&SF読みは、心のどこかで「大長編を読みたい!面白くて、読んでも読んでも終わらなくて、うんと掘り下げられるくらい設定がしっかりしていて、奥の深い話を読みたい!」という無理な願望を抱いているものではないだろうか。残念ながら、自分にとって、その要求に応えられる作品は、指輪物語を筆頭に数えるほどしかない。だが、「氷と炎の歌」シリーズの出版済み部分をすべて(未翻訳の物も含めて)読んだ今、この作品はもしかすると、そのような名作になるのではないか、という期待を抱いている。
本作の概要については、多くの方が書かれているのでここで再び触れることはしないが、すごいのは、「人間」が描かれているところだ。本作は、頻繁に視点人物を変え、複眼的にストーリー進行がなされるが、リアルな心を持った人間が、リアルな行動をしているから、どの立場の視点人物に視点変更をしても、その心理描写に不自然さが無い。作者は驚くほど公平で、特定の視点人物を道徳的に引き立たせることがないから、かえって誰を主人公として読んだらいいのか戸惑うほどだ。(もちろん、読者は自由に主人公を選んでよいのだが、群像劇でこの種の自由が与えられることは、意外に少ない。たいていは、作者がだれを主人公に擬しているかは分かってしまうものだ)
ファンタジー文学を期待して読まれる方にとって、序盤は意外なほどファンタジーの要素が少ないかもしれないが、それでも本作品は、優れた群像劇として十分読ませるはずだ。
やがて、いくつかの要因によって、このリアルな人間世界の常識的な秩序に亀裂が入り、魔法の影が差し始める。このあたりの描写も極めて鮮やかかつ見事だが、その異常さについて、登場人物達と不安や驚きを共有できるのも、序盤の人間描写があってこそだろう。
これ以上述べるのは、これから読まれる方の興を削ぐのでやめておくが、最初の1,2巻だけでも手にとって、試してみて欲しい。これは、すごいことになるかもしれない。