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最も参考になったカスタマーレビュー
134 人中、105人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 2.0
言葉巧みにビューティフル・ドリーマーを装う単なる現状肯定,
By ふっくん (東京都) - レビューをすべて見る
レビュー対象商品: 一般意志2.0 ルソー、フロイト、グーグル (単行本)
この本はルソーやフロイトによる歴史的思想とネット社会が、現代の議会制(代議制)民主主義の世界的行き詰まりに対し、いかに関連し応用されるのかを論じた意欲的考察として話題になっており、書評も多くご覧のようにamazonにも既に多くの方が様々なレビューを書かれています。しかしながら、実際に本書を読んでみると、一つの典型的意見と思われる池田信夫氏の「民主主義の過剰 - 『一般意志2.0』」などの見方は全く違うのではないかと思わざるを得ません。 そもそもタイトルに『一般意志2.0 ルソー、フロイト、グーグル』とありますが、著者東浩紀氏自身の思想の核はむしろヘーゲルにあるのではないかと思われます。すなわち、第八章の考察、端的には本書139頁に示されている図こそが著者の本質的な思想であり、思想とは常に統合的なものであることを考えれば、一般意志2.0の概念は、「国家と社会のヘーゲル的関係」にデータベースによる無意識の可視化を組み込んだ「国家と社会とデータベースの新たな関係」に内包されるために、重要ではあるが全体から見れば部分に過ぎないということになります。 また、このような概念は著者の初期の論考で提示された複数の超越論性や『動物化するポストモダン』におけるデータベース理論などの社会的発展と見ることもでき、東浩紀の一貫した思想の方向性ではないかと私は思います。 以上のような著者の思想を前提に、本書で述べられている新たな政治のあり方を簡単にまとめると、従来通りの選良、すなわち官僚や代議士による熟議と、それらを完全に公開することで得られるデータベース化され解析されたニコ生的なコメントが拍手やヤジ的に熟議に影響を及ぼすというような、間接と直接の二重の民主主義を目指しているのであり、「「国家権力の問題を無視しているため、そこで描かれるユートピアは、国民が国会審議を見てツイッターやニコ生でコメントする、といった漫画的なものでしかない」というような読み方は、明らかに論考の半分を無視していると言えるでしょう。このことは本書でも繰り返し強調されておりますし、著者のツイッターでも述べられています。 しかし、それって本当に新しいことなのでしょうか? 「圧倒的に不毛だったが、ネットがマスコミみたいになっていることはよくわかった。問題の根幹を無視して、感情論ばかり。」 これは最近の著者hazumaのツイッターからの引用ですが、私は全くその通りではないかと思います。まさにネットがSNSの普及などで一般化すればするほど、どんどん既存のマスコミに近くなってきております。 そうだとすれば、いくらネットとデータベース技術が発達したところで、人民の無意識、すなわち一般意志2.0なるものは、結局のところ今のマスコミがこんなもんだろうと想定して生み出している大衆の欲望と何ら変わりはないのではないでしょうか?そして、今の政治がマスコミが提示した大衆の欲望にかなりの程度影響を受けながら動かされているのは明らかです。 つまり、震災後(震災とは何の関係もないと思うが)にはできなくなった夢を語るってことを僕にやらせてくれないか、などと言いつつ、あたかも素晴らしい理想を語るがごとき示された本書の来るべき政治のあり方は、実のところ今のマスコミと政治家が繰り返すマッチポンプ的現状と本質的には変わりないものと考えられます。 確かに、大衆の生の声を高度に分析すればそれなりに今より正確な「人民の無意識」が可視化されるでしょう。しかし、それはせいぜい、「多くの人は韓国がそんなに好きじゃない」とかその程度のことだと思われます。 本書は長年、政治バラエティ番組の司会を務められた田原総一郎氏に好評だったようですが、彼のような立場の人だったら本書の主張は実に都合のいいものとして受け入れられるでしょう。彼のそれまでの仕事を正当化してくれるからです。 東浩紀という人は、これまで新しい試みと称して様々なことをやってきましたが、テレビのバラエティ番組の真似事みたいなことが多かったと思います。津田大介氏のようなネットタレントを引き連れて被災地を取材したりなどもそういうことだと思います。 パッケージを変えただけのオルタナティブ、それをあたかも革命的事態に見せる手腕こそが著者の本領と言ってもいいかもしれません。
93 人中、64人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 1.0
コウモリ,
By 視聴者A (京都府) - レビューをすべて見る
レビュー対象商品: 一般意志2.0 ルソー、フロイト、グーグル (単行本)
個人的に衒学的なポストモダンの思想は難しく、よく分からないのですがそれを主張する人がいるのは大いに結構だと思いますし行き過ぎた全体主義を掣肘するためにも必要でしょう。また本書は学術的な本ではなく一般向けの書物です、細かい学術的な論点を無視していてもそれは非難にはあたりません。しかしながら、ポストモダン的な立場に立つなら立つでそれを貫く、一般向けの教養としての書物であれば得られた知識を他人に語って恥をかかない事が求められている「品質」であると思います。思想的な立場の如何ではなく、そのような品質からして本書は低いと言わざるをえません。 まずは立場の問題ですが、本書ではしきりに、それこそしつこいほどに筆者の葛藤、悩みが吐露されています。エッセイならそれもよいでしょうが、過去の偉大な思想家たちがそうであったようにそのような葛藤は作品に織り込むもの(それが新たな「立場」になるわけで、だからこそ時代を代表する偉大な思想家というのはその業績を一定の時期に分けて研究されるのです)であって、ある立場を主張しつつ、反対の立場に対しても一定の共感を示すようなことは言論人として余りにも不誠実です。 動物化することを肯定する事が人間の理性を強調する民主主義に結び付くのだという理論展開も、ポストモダンを無理やり捻じ曲げて(ポストモダンの理論家たちはそれこそデリダも含めて、そのような状況に悲観的な人が圧倒的多数です)無理やり捻じ曲げた(後述)モダンの根っこの部分にくっつけた印象を強く受けます。 次に根拠の妥当性ですが、これは他のレビュワーの方も指摘しているように正直なところ噴飯ものです。 個人的に一番気になるのはやはり一般意思の解釈です。 筆者はルソーの一般意思をそのままの意味として読んでいますが、理論の、主張の、言葉の、歴史的な背景を気にしない学問がどこにあるのでしょうか。啓蒙思想家であり、フランス革命に影響を与えたルソーの言う一般意思とは当然ながら第三身分(特権階級に対する市民)の意思を指すはずです。その事を無視して論じているのであたかも筆者の主張するところの「一般意思」なるものがフランス革命から始まる近代民主主義の根源であるかのような錯覚を与えますが、感情的で動物的な大衆と熟議を好む公衆の区別どころかその源泉である「市民」という概念すら未成熟だった時代に生きたルソーがいまだ存在していない大衆と公衆を区別し、大衆的なものこそが民主主義の本質だと主張していたというのはあまりにも突飛で正直意味が分かりませんし、そのような重大なパラダイムシフトをわずか数ページであたかも当たり前であるかのように主張するのは流石に苦しいと思われます。 公衆と大衆の区別についてもそうですがどうも筆者はドイツ系の思想史(というかフランスポストモダン以外の思想史)をほとんど知らないのではないかと思われます。 例えば熟議による合意は近代における正当性確保の為の唯一の「手段」であり、実際は達成不可能であってもそれを目標としたコミュニケーションによって社会変化は可能となるというようなハーバーマスの主張、純粋理性(熟議において想定される理性)に対する道具的理性(大衆を扇動するために用いる理屈)といったフランクフルト学派の仕事を知っていれば熟議を単なる合意形成のための手段としてとらえてその価値を勝手に定義し、勝手に断罪し、代案として大衆迎合的な政治システムを提示するような本書の主張を何の反論も予想することなく出来る筈がありません。 少し立場批判的になりますが、ポストモダンの思想家の多くは大衆化、動物化する現代を悲観していますし、公衆を再構成しようとする試みの方が今日では主流です。だからこそ主流に逆らう筆者には「主流派の主張を踏まえた(それ以前のルソーではなく)」それなりの論拠を示す必要があります。 そのような「一般的な読み方」や思想的な「流行」に対する配慮のない突飛な解釈を本書の主張を少しでも知識のある人に開陳したら、恐らく失笑と反論を受けるでしょう。そしてそれに対する再反論はこの本には書かれていないのです。 高校世界史、倫理レベルの知識でもちょっと考えればおかしいと気付きます。筆者のような学識を持った人間がその程度の事に気付かない訳が無いのですから筆者の本書における誠実性を疑わざるをえません。 以上のようにポストモダンとかモダンとか、あるいはハイ・モダンとかそういう理論的な立場の問題ではなく、その品質自体に疑問を抱かざるをえません。 思想家というのはあれもこれもとそれらしい言葉があれば適当に結びつけ、おいしい所だけを頂くコウモリではなく、葛藤に折り合いをつけ、それを乗り越えようとするワシやライオンのような熱意と意思、そして何よりも人間としての誠実さを持った人物を指すのではないでしょうか。
151 人中、98人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 2.0
ま、消費財としての思想ってとこでしょうか、読者も消費者ですから。,
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レビュー対象商品: 一般意志2.0 ルソー、フロイト、グーグル (単行本)
東という人は大変なネタ投下の才能に恵まれていると思う。率直に言って内容はアナだらけ。言ってることも首尾一貫しない。次から次に派手な打ち上げ花火を炸裂させ、大風呂敷を広げまくりなのだが、論証や実証の代わりに比喩を多用し、主張といえる主張が取り出せるかどうかもきわめて怪しい。ツイートを集計して無意識を可視化するなんて言うけど、具体的な統計処理方法のアイディアが示されているわけではないし、その処理方法の決定をめぐって果てしない係争が起こることは容易に予想できて、東のイメージする社会においては、そこに権力闘争が発生するに違いない。 大体、タイトルにルソーの「一般意志」を持ってきて、行論の行きがかりみたいに「本書は、ルソーを生き返らせるためにグーグルやツイッターを召喚する、そのような本なのだ」(p89)なんて言ってるけど、これは明白なウソで、「グーグルやツイッターを輝かせるためにルソーをダシに使っている」というのが正しい。 ただ、アマゾンやグーグルやツイッターにどこまでも寄り添って行こう、それらの存在を肯定しようという決意というか、断固たる意志は十分に伝わってきて、私としても、その姿勢に異議はない。 だからこれは、本当に、「夢」を語った本で、未来の思想史家(もしその時代にも人々が「思想史」という趣味を保っていたならば……)によって「夢想的ツイッター民主主義」と呼ばれることになるかもしれない。
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