中谷氏の著作(「
資本主義はなぜ自壊したのか 「日本」再生への提言」)で私が愛読している安田氏の著作が引用されていたので、久々に出してきて読んでみた。
元々、安田氏の著作を読み出したのは、いわゆる環境考古学で、例えば、湖の底の堆積物に含まれる花粉で、気候変動を読み解くという方向性におもしろさを感じたからである。
その時期から見ると、安田氏は随分著作の幅を広げている。本書では、超越的権威である一神教とアニミズムを対比させ、現代の文明の閉塞状況を打ち破ろうという意欲的な作品である。
ユニークではあるが、一部には飛躍があるなぁと感じる部分(「環太平洋アニミズム連合構想」とか)もあり、全体的にバランスが悪い。ただ、一読の価値はあると思う。
まず、文明の定義についての異議が述べられる。
カール・ヤスパースが言うところの「文明」は、超越的秩序としての巨大宗教や哲学を持った「枢軸文明」だけであるとしており、現世的世界は、不完全で劣等で汚れたものであると見なされ、その代表がアニミズムであったという。
超越的秩序の宗教を最初に構築したのは砂漠の民で、彼らの畑作牧畜文明は、森を破壊し耕作地を拡大することで生産性を上げた。
一方、日本人は、純粋の自然でもない、純粋な人里でもない中間の里山を作り出すことによって、(自然と対決するのでなく)自然と人間の間にゆるやかな関係を構築してきた。
この背景には、美しい森と水を守る自然観と世界観、アニミズムの心が根底に存在したからであるという。なお、アニミズムの文明の伝統を色濃く残した国があるが、それはインドであるという。
アニミズムの民が持っていた、森と水の循環系を守り持続的にこの地球で生きる叡智を活用すべきという点には、うさんくさい環境派の主張より示唆に富むように、個人的には感じる。
なお、p.89にある、「一は孤立、二は対立だが、三は調和・和のシンボルである」という言葉には感銘を覚えた。