全体構想が面白く、主人公のキャラクターも魅力的で内面まで好く書けているのだが、およそ井伊大老らしくない、著者の創作した「井伊大老」が登場したあたりから無理がたたって急にダレて詰らなくなる。
そういう厳しい対立を、何で時代が呼び込む方向に流れたのか、著者が歴史を大きく展望できていないため、後半、いささかストーリーが緊張感に欠けて独りよがりに流れ、安易なこじつけが目立つ。
せっかくのプロットなのに、またディテールまで好く書けているのに、著者に「安政の大獄」から「桜田門外の変」にいたる政治過程の理解が弱いためと、それと、手柄を立てたからといって町方同心が与力に昇進するなんて有り得ない話など、身分社会に対する時代考証が粗っぽくて、だいぶ損をしているといえる。
主人公のキャラを描くことに主眼を置きたいなら、こんな無理な歴史解釈を施す必然はなく、ただ、時代に翻弄された市井の1人の目撃者として主人公を設定すれば十分だったわけだし、もしも、能動的に時代に関わった人間として、これまでにない、著者なりの井伊大老像を描きたかったのならば、このような甘っちょろい人間像の井伊大老では、読者は納得しないだろう。
まあ、歴史小説というには骨格が細すぎたと言うところ。しかし、時代物ミステリーとしての部分は読み応えのあるものになっている。