吉田松陰という人は、厳しい人である。
真実、赤心、赤裸々なる心をのみを認め、
一切の虚飾を許さない。
本書の中で、
「学問とは、魂が求めてやるものだ」
「全員高校に行かせたり、補助金を出して大学に行かせたりする必要などない。
学びたくないものは去れ!!」
との厳しい指摘がなされているが、
本来の学問の姿とは、そういうものであったはずである。
松陰先生は、初期の霊言でも、「師は弟子を選ぶ」「その心は真か!」と
赤裸々なる心で学問をなさんとしているのかを問われていた。
学問とは、本来かくあるべし。
それを再確認する一書である。
民主党の高校無料化などの政策が、いかに愚策であるのかが、
この本を読むと改めて分かる。
松陰の時代、そんなことを言って学んだものはいなかったであろう。
師を求め、はるばる旅をして、求めに求め、
その旅の果てに一人の師のもとにたどり着き、
やっと「学び」というものが始まる。
それが、学びの本質である。
その「学問の本質」を、見誤ってはいけないだろう。
現代のシステムは、あまりに優しい。
しかし、「地獄への道は善意で舗装されている」という
西洋のことわざがあるように、
あまりに優しいシステムは、堕落をうむ。
お金をお払わない高校に、レベルの維持は期待できない。
学問の本来あるべき姿とは何か。
それを、改めて確認できる一冊である。
前半は、幸福の科学の幹部たちが、けちょんけちょんに、
吉田松陰に、メッタ切りにされている。
それをカットせずに、書籍として発表するところに、
総裁の「霊人の霊言は、そのまま世に出す」という姿勢が貫かれていて、
初期の頃の善川顧問が、ガンガン怒られていた霊言を思い出す。
そういう意味では、総裁の姿勢も、
そして、吉田松陰の姿勢もまったく変わっていないことを、
実証した書籍となったことと思う。