ル=グインのファンタジーやSFは独創的な世界を創造していてそれが魅力なのなのだが、だいたいにおいて雰囲気が暗く、前作の『ギフト』もそうであった。ところが、今回の『ヴォイス』はその暗さを感じさせない。外国軍隊の占領下にある古い港湾商業都市アンサルを舞台に、兵士によるレイプで生まれた女の子を主人公とし、占領軍とアンサルの人々の軋轢を描き続けながら陰鬱な調子に陥らないのである。それは例えば「ライオンを従えた美女」だとか「歌の力で人々を立ち上がらせる詩人」だとか、ル=グインにしては分かりやすくシンボル化されたキャラクターが配されているからかもしれない。物語の途中で『ギフト』の主人公が登場して活躍していく物語展開も楽しめる。
ここでの占領軍は砂漠からやってきた一神教を奉じる尚武の民なのだが、アンサルの人々が礼拝している多神教の神々を忌み嫌っている。それ以上に彼らは「本」を忌まわしきものとして焼き払い、人々に本を持つことを禁止している。誇り高い民ではあるが、征服した土地の文化に対しては徹底して無理解であり、自分たちの神に対しては狂信的ですらあるという設定について、現在のアメリカが泥沼にはまっているイラク情勢の影を読み取ることは容易だろう。非寛容な一神教をル=グインはここで力強く批判し、あらゆる場所に神々の遍在を見て礼拝の対象とする多神教のあり方に深い共感を示しているように見える。
ル=グインといえば『ゲド戦記』が有名だが、ジブリの映画版に対しては不満を表明して「私たちの心の闇は魔法の剣の一振りで追い払えるものではない」「ファンタジーでも政治でも善と悪との戦いについては人を殺して解決するのが普通かもしれないが、私はそうは書かなかった」「単純化された問いに対する単純化した答えを私は与えていない」などと口を極めて批判を行い、日本のあちこちのWebサイトでも紹介されもした。この批判が行われたのとほぼ同時期に『ヴォイス』が米国で出版されていることには注目したい。この作品にはル=グイン流のスタンスが見事に貫かれおり、この小説自身がジブリ版『ゲド戦記』に対する力強い反論となっているのである。物語は善と悪の戦いに単純化されないし、ボスキャラが最後に殺されて事態が解決されるわけでもない。それでも事件は起こり、ファンタージーのお約束事としてクライマックスで不思議な力は発現し、歴史のコマは進められ、人々は戸惑いながらも行動し、苦難の中にも慰めを見出しながら生きていく。お勧めの一作。