ラノベでありながら量子力学を取り入れ、グレッグ・イーガンやアルフレッド・ベスターを彷彿とさせる壮大なスケールのセンス・オブ・ワンダーを描いて見せた『紫色のクオリア』でSFファンの注目を一気に集めたうえお久光。
その新作はレースものということで、クオリアのようなとんでもないSFではないのか……と少々不安でしたが、読んでみるとそんなものはどこへやら。
クオリアとはまた違った形で、SFの可能性を切り拓いてみせたような気がします。
自分を乗り物だと知覚させて行うレース、どことなく山風の小説に出てくる忍者っぽい共感覚異常、『マルドゥック・スクランブル』を彷彿とさせるサイバーパンク文体。ライトノベルとしてここまで「異形」なものは少ないと思います。
しかし、決してマニアックな「閉じられた」小説ではありません。アンダーグラウンドなレースを社会に認知させようと努力する主人公達のひたむきさや自身の障害と向き合って本当の自己を発見し「共生社会」への第一歩を踏み出す終盤はSFになじみがなくても胸が熱くなること必至。
明らかに現代に捧げられた小説でありながら、手触りはまだ未来に希望があったころの英米のジュブナイルSFに近いです。『夏への扉』や『星ねずみ』を読んで心を弾ませた記憶がある読者は再びこの作品に未来を感じることでしょう。
荒削りながらもなにやら異様に迸るエネルギーを感じるあたりが、初期の村上龍の小説ととても似ています。