アメリカのどこかにある「村」。そこでは、数十人のコミュニティが、素朴な自給自足の生活を営み、何を行なうにも、数人の「年長者」たちの許可を得なくてはならなかった。村には、四辺を囲む森を超えてはいけないという掟があり、その掟を破った時、森に住む怪物が村人を襲うと代々言い伝えられている。そんなある日、村一番の勇敢な若者ルシアス(ホアキン・フェニックス)が刺されるという事件が発生。ルシアスの婚約者で、盲目のアイヴィー(ブライス・ダラス・ハワード)は、瀕死のルシアスを救うために、森を超えて町で薬を買いたいと年長者たちに申し出る…。
常にその奇抜なオチと不思議なジャンルの組み合わせが話題になるシャマラン監督の第5作目。19世紀末(?)という過去の時代を取り上げ、文芸ものといってもいい趣なのが新境地といえるだろう。ウィリアム・ハート、シガニー・ウィーヴァー、エイドリアン・ブロディという実に豪華な顔ぶれが集まったのも、ハリウッドでのシャマランの権勢を物語っている。レイ・ブラッドベリの短篇『びっくり箱』(『
10月はたそがれの国 (創元SF文庫)』所収)にプロットが酷似しており、盗作騒ぎも起こったことは有名だ。
『
マンハッタン無宿 [DVD]』の原題"Coogan’s Bluff"をもじって、"Shyamalan’s Bluff"(シャマランのハッタリ)とでも呼びたいシャマラン作品ならではのアッと驚くオチも健在だ(しかもニ段オチ)。もちろん、その珍奇なオチを思いついたシャマラン監督が、嬉々として脚本を書いたであろうことも容易に想像できる。しかし、オチがどうのということより、そこに至るまでの語り口が練達ともいえる演出になり、無垢で素朴な(と同時に激しい)ラブ・ストーリーとして実に見応えあることのほうこそ語るべきだと思う。極端な話、これはオチなどなくとも(実際、オチがなくても成立する)、立派に文芸ものの秀作として通る出来なのである。
「これまではロマンスの要素は抑え気味にしてきた。でも、今回はストーリーそのものをロマンスにしたかったんだ」というシャマラン監督の言葉通り、本作がオチよりも、ラブ・ストーリーに重点を置かれているのは明らかだ。抑制された(あるいは抑圧された)世界での、ルシアスとアイヴィーの純愛。それは、静かだけれども、その実、内に激しい情熱を秘めた愛である。無口なルシアスと彼を積極的にリードする盲目の少女アイヴィーの関係が実に微笑ましい。霧深い夜の帳を前景に、画面左にルシアス、右にアイヴィーという構図で、2人がポーチに座って愛を語らう場面は、長廻しで、二人の感情が次第に高まっていく様が手に取るように伝わってくる情感豊かな素晴らしさだ。無口なルシアスが、抑えていた感情のタガが外れたように「君が傷つけられるのが一番心配なんだ」とアイヴィーへの愛を告白する純情が激情へと変わる場面は、この作品の観所のひとつだろう。
精神的にルシアスを引っ張るアイヴィーに対し、肉体的にアイヴィーを引っ張るのはルシアスだ。「小さい時は、いつも私の手を取ってくれた」と言うように、目の見えないアイヴィーが手を差し伸べると、どこからともなくルシアスが現れ、無骨ながらも彼女の腕をしっかりと掴んで導いていく。それが後に伏線になり、アイヴィーが手を差し伸べながら、ルシアスが現れるのを待って村中を狂ったように歩き回るというサスペンスフルで痛ましい場面へとつながる。それぞれが相手に足りない精神的、肉体的面をフォローし合う姿を観ると、まるで、2人で1人のような、見事なまでにふさわしいカップルだといえる。シャマラン監督自身、ラブ・ストーリーの古典である『
嵐が丘 (新潮文庫)』を念頭に置いたと言うが、キャシーとヒースクリフにも負けないこの2人の強い絆で結ばれた愛。それが、作品全体を支えている。もっとも、その愛によって、村の存続そのものが危ぶまれることになるのだが…。本作で、身を守るキー・カラーである黄色(不吉なキー・カラーは赤である)の頭巾をかぶったアイヴィーが、果敢に禁断の森を行くのが後半の悪夢的童話のようなサスペンスになるのだが、その原動力になるのは、村のためという思いではなく、ルシアスへの一途な愛なのである。
ルシアスを演じたホアキン・フェニックス(『
サイン [Blu-ray]』に続いてのシャマラン作品出演)の無骨で無口な青年ぶりもいいが、何といっても、アイヴィーを演じたブライス・ダラス・ハワードの存在が、無垢さそのものを体現しているようで素晴らしい。もともと、キルスティン・ダンストが演じる予定だったのが降板。代役を探していたシャマランの元に舞台に主演しているアイヴィーにピッタリの女優がいるというスタッフの忠言で、ブライス・ダラス・ハワードの舞台を見て、彼女の起用を決めたということだ。この世に偶然などなく、あらかじめハワードがアイヴィーを演じることが決まっていたのではないかと思わせる、まるで、前作『サイン』を地で行くような経緯である。盲目の少女という設定もあるのだろうが、ハワードの人間の心の奥底を鋭く見抜くような深く青い目が印象的で、作品中で、それぞれの人の「色」を感じ取れるというアイヴィーの能力にも信憑性を与えている。いわゆる美人というわけではないが、飾り気のない素朴さから生まれる清新な美とやさしい愛嬌が溢れており、時折、若き日のシシー・スペイセクやジュリエット・ルイスを思わせる表情も見せ、内に秘めた(狂気ギリギリの)情念の激しさも感じさせる、期待の新人だ(本作以降の活躍ぶりは周知の通り)。
この2人の恋の行方のほうが、実は最後の"Shyamalan’s Bluff"などよりも、ずっとサスペンスに溢れている。もはや、珍奇なオチなどに頼る必要などないことをシャマラン監督は本作で示したとは言えないだろうか。逆に言えば、サプライズ的なオチを求めるのに、シャマラン自身も、そして観客もそろそろ飽きてきているという気がするのだ。ヒッチコックの再来とも呼ばれることも多いシャマランだが、ヒッチコックとの大きな違いは、変にサプライズ(=オチ)に拘り過ぎる点(実際、脚本を書く時、初めにオチを考えてるそうである)。この自分への「掟」が、却ってシャマラン監督自身の才能を狭めているとしたら、実に勿体無いことだ。本作のアイヴィーのように、シャマラン監督もそろそろ「掟」を破ってもいい頃のように思える。
暖炉やランプの柔らかく温かみのあるオレンジ色を捉えた室内シーンと何かが起きることを予感させる不吉な鉛色の空を捉えた野外シーンを絶妙に対比させた、ロジャー・ディーキンスの撮影の美しさも、古い時代の朴訥な村の雰囲気を高めていることを付け加えておきたい。
本DVDは、新作ということもあり、丁寧にテレシネ(カラコレ=色補正もされ)、レストアされた繊細な画質。ディーキンスの色調が、適正に再現されていると思う。5.1chサラウンドEXの音声も問題なし。日本語吹替えも収録。特典には、メイキング、未公開シーン集、シャマランのホーム・ムービー、ハワードのビデオ日記、フォトギャラリー、予告編集が収録(合計約51分)。本編の画質のことを考えると、ちょっと詰め込みすぎという気もするが、製作の裏側を知ることが出来る楽しい特典だ。パッケージ・ソフトとして、星5つ。