ヴィクトリア女王の時代といえば英国の全盛期で、選挙権の拡大、政党政治の確立と偉大な首相を擁したこと等を世界史で習ったことしかなかったが、64年の治世の間に政治面・王室内ともに様々なことがあったことを本書は教えてくれる。一番興味深かったのは、夫の死後スコットランドのパルモラル城等に長期間滞在してロンドンに姿を現さず、新聞・雑誌に影響される世論が女王に批判的になり、王室不要論まで出たこと。まるで映画「クィーン」と同じではないか。パルモラル城に滞在して内政・外交について思索を巡らす場面、女王が組閣の大命を下す場面、首相等との駆け引き、ロンドンに姿を現すとたちまち世論を味方につける様子等、「クィーン」を観た人は似た場面を思い出しながら、観ていない人は事前の知識として、本書を楽しむことができよう。同じことは映画「麦の穂を揺らす風」の前奏曲となったアイルランド政策についても言える。また、女王がインド「帝国」創設にこだわった理由は欧州における「皇帝」の持つ意味合いを知る人には納得がいくことだろう。歴史が女王に流れ込み、そこからまた新たに展開したように私には思えた。
女王はまた、英国を大国たらしめるために、欧州では台頭する独、露の増長を警戒しつつ安定に努める一方、欧州外では植民地獲得に積極でありつつも、植民地が大英帝国を支えていることに自覚的であった。長年ライバル視してきたビスマルクとの晩年の交流等、心に染みるいい話も多い。そして、母、祖母、曾祖母として夫亡き後の40年間王室を牽引し、欧州の主な王室と縁戚関係を結ぶことにも巧みであった。本書は日誌や手紙・電報から女王の肉声をふんだんに盛り込んで英国の黄金時代を築いた女王の事跡をほとんど漏れなく紹介してくれる一級の書物である。