大作「重力の虹」の日本語訳は、ろくに注釈もなしに出版されていたこともあって、正直歯が立ちませんでした。
本作は量も比較的少なく、米文化を土台とした作品のディテールを理解するための注釈もふんだんに付けられていて助かります。
訳者も解説で、本作は「すごい」小説というよりは「うまい」小説だと語っています。
そのうまさというのは、あらゆる文化的ディテールを援用して作品世界に不可思議なリアリティを出したことと、視点をめまぐるしく変えることで作品世界にある種の立体感を出したことから来るのでしょう。
情報が作品の方向性に即しているのが分かるので、意味のない蘊蓄にはなっていません。
作者はコーネル大学に飛び級で進学し、かなり優秀な成績を修めながら研究者にはならずに作家になりました。訳者は、一種の俗っぽさが彼には切り離せないものとしてあったと語ります。
本作でやたらアメリカのテレビ番組やポップミュージックやらが出てくるのも、本人が紙袋をかぶって公衆の面前に現れたりするのも、そういう一種の低級さというか、サブカルチャー的なものがあるからでしょう。
サブカルチャーと言っても、とっつきやすいものとして現れず、難解な言い方で猥雑さを展開するようなところに、この作家の特性があるし、それはアメリカらしい特徴と言えないでもないと思います。
日本にこんな作家は今のところいないと思います。世界文学がどんなものか知る好例の一つかもしれません。