ひと口にワークショップといっても、アート系、まちづくり系、自然・環境系などさまざまな分野で行われている。それらを丁寧に解説するとともに、著者が体験したり、企画したワークショップの事例を紹介する。著者が最も影響を受けたのは、アメリカのジョアンナ・メイシーのワークショップだった。湾岸戦争をアメリカで迎え、困惑しながら「戦争を止めるために、私たちになにができるでしょうか?」とメイシーに問いかけたとき、「その質問こそが出発点です。孤立せず、集いあって、問いあうことが力です」と返した彼女の答えが、著者にとってのワークショップの原点だったという。メイシーの言葉にワークショップの本質をみる思いがする。
また、ワークショップという場は、小さいころ、心ゆくまで遊んだ「遊び場」や「広場」にあたるものかもしれないという著者のたとえには、思わずうなずかせるものがある。ワークショップを単にマニュアル的に解説するのではなく、その本質にも触れさせてくれる好著といえる。(清水英孝)
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100 人中、93人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 3.0
「個人」とセットでパーフェクト,
By カスタマー
レビュー対象商品: ワークショップ―新しい学びと創造の場 (岩波新書) (新書)
アート系、環境系、学習系、精神系など、さまざまな種類のワークショップの実践例を取り上げていて、ワークショップのトレンドを見渡すことができる。言葉もくだけていて親しみやすい。しかし、やや「いれこみ過ぎ」のようでもあり、不安も感じさせる。ワークショップを学術的に分析しているというより、当事者の熱心なアドボカシーに近いのではないか。著者はもと宗教学が専門で、広告代理店に勤務後にアメリカで「組織開発・変革」を学び、現在も「ワークショップ企画プロデューサー」として活動中と紹介されている。 確かに著者は、「アブナイ」カルトに近似する危険を指摘したり、ワークショップ依存症になることなどを戒めてもいる。しかし、私の不安はそれだけではない。自分の経験から、ワークショップにはやはり集団圧力のような作用があり、自分がどこか置き去りにされている面があると感じる。私自身は、人と話すなら一対一、せいぜい3人くらいまでのグループが一番気持ちよいというタイプだ。 ワークショップはアメリカで発展したようだが、その発祥の地の社会にはしっかりとした《個人》がある。あるいはキリスト教などの信仰がオーソドックスなものとしてある。少しくらいの集団行動では翻弄されないし、それに依存しもしない。率直な意見も自然に出せる。この基礎の違いは、ワークショップを考える上で見逃せないのではないだろうか。 社会を堅実に、着実に変えようとするとき、真摯な言説の積み重ねも大事だと思う。それは時に学術という形も取る。そういった作業は、個人の思索や小人数の議論によるのであり、団体行動の中で生まれるものではないだろう。
1 人中、1人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 4.0
共感をエネルギーとして人は動く,
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レビュー対象商品: ワークショップ―新しい学びと創造の場 (岩波新書) (新書)
環境問題や自然破壊の問題を考えるとき、「知識伝達や啓蒙的な活動だけでは、必ずしも人々を実践に誘うのには役立たない。p.44」
「まず「知るよりも感じること」が関心を呼び起こし、「理解」そして「行動」へと進んでいく前提となることが、この分野の指導者たちに実感としてはっきりしてきた。 そして、ここ十数年の間に自然の中での体験をまず重視した参加体験型のプログラムや体験学習の手法がうみだされ、「キャンプ」「セミナー」「ワークショップ」など様々な催しで実践されてきている。p.44」 「参加者が受け身でなく、積極的に関わる研究集会P.12」であるワークショップは、アート系、まちづくり系、社会変革系、自然・環境系、教育・学習系、精神世界系、統合系p.19-20といった多岐にわたっている。 「現代の様々な困難は、まさにこの「唯一の解答」のない問い、正解を持った教師などいない問いであり、これらに対して、私たちが取り組んでいく方法としてワークショップの可能性をp.39」みることができる。 「ワークショップとは「その中で安心して成長したりうまれ変わったりできるゆりかご」だという説明の仕方も有る。P.143」 人と人とのつながりと共感を広げていくことにより、社会の問題を解決し、個々人の可能性を広げていくことができるワークショップの魅力がおおいに語られている。ワークショップの実践方法というよりは、その可能性について、説得力のあるとても魅力的な語り口で説いている本。
7 人中、5人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0
感受性に働きかけるワークショップ,
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レビュー対象商品: ワークショップ―新しい学びと創造の場 (岩波新書) (新書)
ファシリテーターとしてワークショップに参加時、ぶち当たった壁を壊してくれる一冊でした
会議やミーティングでは、方向感のないだらだらとした会議にうんざりする事も多い 皆、会議をしている素振りで、心を留め置くことが無いまま無用な時間がただただ過ぎる ただお話を聞いてほしいのか、ディベートしたいのか、内容が無さ過ぎる 総て、司会進行やテーマの選別、タイムスパンなど、準備なし+思いつきで臨む会議に多い失敗だ イエスマンばかりが集まり、顔色を伺いながらの「会議ゴッコ」の域を脱さない この一冊は、ワークショップの目的となる効果的な会議運営、問題解決への導き方、取り組みについて様々な方向で読めるので面白い。 その他:妊婦さん向けの教室運営にも役立つ 妊婦向けの母親学級運営は、ここ数年で、既存の机上講習から参加型体験学習へとシフトチェンジしてきた 一昔前は、出産施設における独自の価値観刷り込みや不要な情報、時間の垂れ流しが殆どで 読めば分かる内容に無駄な時間を割いて読み聞かせ、殆どが顔見せや自己紹介で効果が低く 参加者も生むのだからしょうがないと渋々参加、後にあんなものなのかと評価が低かった 女性に力を引き出す方法を授けなかったり、信頼関係という身勝手な思い込みとエゴの元に 任せておけば安心、何とかしてくれるはずだろうと期待だけ膨らませて放置しておいてと、 対象を低いところに置きすぎていたのである。エンターテイメントとしての教室に過ぎなかった。 □海外におけるワークショップは非常にバリエーションに富、内容が充実しているのになぜ日本では・・・ (菓子やお茶を出し、お友達作りが母親学級?たまひよや育児雑誌の内容を話し聞かせることが本当に子どもを産み、育てていく女性を支える力に繋がると考えているのなら本末転倒) なぜ、日本でできないのか? 次世代に考える力や機会を与えないのか? 主体となる女性に、どのように産み育てて生きたいかをディスカッションさせないのか? 出産経験が違うと方法や内容が浅く狭くなるのは避けられないのか?と不思議でした (マザークラスは日本の2〜4回の倍に当たる8〜10回で、資料は一切持たず、デモスト・体験中心で、夫婦参加も多い。 時間帯も夕方や子連れ参加あり、話し合いながら進めるという画期的なワークショップを見て、 驚きと同時に、これまでのTOPダウンした取り組みを振り返り恥ずかしさを感じた) ワークショップは時間と内容と媒体に方向感を持たせながら、経験を引き出し、効果を出すに最も良い 見て知る、知って知る、感じて知る、触って知る、体得してみると5要素総てを満たし、個人に落としやすいのだ ファシリテーターは総ての発言機会を得て、それらに方向感を持たせる重要なキーマンとなる そこから生まれだされたオリジナリティー溢れるアイデアは、双方にとって得るものが多い 双方向性ある学級運営を推奨し展開し、広げることは合併症予防やリスク管理に有益となる 人材の無駄、時間の無駄、資源の無駄、自己満足でしかない会議から、卒業しましょう
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