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作者がこのエゴイストにワニを選んだあたりの思惑を想像すると、いろいろと解釈が成り立つと思うが、ワニという動物のイメージに付随する凶暴性がエゴイスティックさを際立たせるのに、目を奪われていてはいかんという気がする。なぜなら、自己中心的なのはこのワニだけではないからだ。読めば、なるほど、と思っていただけるだろうが、ワニが生きた動物を食べるシーンのあと、次の頁を捲ると「ジャングルの憂鬱」または「草原の無関心」とだけ書かれた何とも妙な「間」をもった頁がでてくるのである。ふと、ここで考えてしまう。被捕食者である「ジャングル」と「草原」に生きるその他の生物たちが「憂鬱」なのは自分達が非力だからであり、「無関心」なのは今のところ自分に危険が迫っていないからだろう。もしかして、この姿勢にはワニと共通したものがないだろうか?「世に中には、自分と、自分でないものがいるだけなんだ」。
人間社会における「仲間」という認識は、べつに人間の本能ではなく、単に、その社会の中で自分がより安全に生きるためのルールだという気がする。結果的に自分の安全がすなわち他人の安全になる。とすると、カメレオンの「仲間」という言葉も、何もワニを啓蒙しようととしたわけではなく、ただの悪あがきだったのではないか、とも思えてくるのだ。しかし私達が社会で生きる限り、「仲間」という理屈にどれだけ価値を見いだせるかは重要なことだろう。現に作者は懐疑とともにカメレオンにそれを語らせている。
これは自分と他者との境界について書かれた物語だ。その境界に存在する力関係におけるオブセッションについての。その証拠に最後にはワニも被捕食者であることがはっきりする。私は初読でこんなことを感じたのだが、時間をおいて再読すれば、別の感想を抱くかもしれない。寡黙ではあるが、いきいきとしたみどり色が印象的なイラストもいい。
でも、この状況は、なんだか世界情勢ににています。たとえば、ワニを日本にライオンをアメリカにカメレオンをアジア諸国に置き換えてみればよく理解できるのではないでしょうか。
梨木香歩さんの作品は、ある部分とてもシビアに現代社会を反映していると思うのです。
「この本、どう思う?」と、思春期の子どもにきいてみました。この絵本を読んで『絵本』に対する認識を新たにしたようです。
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