1952年中国共産党幹部の家に生まれ、文革時に父母をさんざん批判され、1978年に渡英し、1982年にイギリス永住を決意した女性が、19世紀末〜1978年の自身とその一家の体験について、1991年に刊行した本の後半部(文化大革命期)を、1993年に日本語訳したもの。民衆に対して依然絶大な権威を持ちながら、自身の権力の低下を恐れた毛沢東は、1966年何とでも解釈可能な抽象的なスローガンで、若者を煽って奪権闘争=文化大革命を開始し、正規の党組織に代わる、私的な権力機構を樹立する。人々はこの機会を、私怨を晴らしたり、派閥闘争に利用したり、忠誠心の誇示による出世の機会として利用したりし(各自の打算に基づく毛思想の読み替え)、その結果略奪・文化財破壊・暴行・武装闘争が常態化し(36〜39頁に成都の茶館の閉鎖の様子が描かれている)、罪の無い人々が次々と告発され、批闘大会や拷問にかけられ、農村に下放され、ときには精神病や死にまで至らされた。文化大革命は古い因習からの解放を掲げたが、それはやりたい放題のモラルの崩壊を招くと同時に、他人を陥れるための口実として、因習(性倫理、家柄等)をかえって政治的に正当化する働きもした。昨日の加害者が今日の被害者となり、上層から下層まで相互の疑心暗鬼が蔓延し、友人や家族は引き離され、無知と絶対的服従が礼賛され、信念や専門性、優しさ、誠実さは仇となった。中国社会が混乱・停滞し、有能な人材が次々と粛清される中で、最終的にはトウ小平が復権し、事態を収拾することになる。著者はこれらの恐怖の体験を、具体的かつ詳細に描き、毛沢東個人崇拝の問題性と同時に、それだけに原因を還元することの問題性も指摘している。家系図・年譜付き。