司馬遼太郎の本を要約することは、知識の羅列になってしまうことも多く、本自体の構造に言及することがしにくいとも言えます。歴史物の宿命でしょう。歴史というのは瞬間瞬間が特殊なものでしかないですから。
琵琶湖西岸に朝鮮系の地名が残っていたり、百済が滅びてその難民が関東に移り住んで板東武者になった可能性があるなど、古代日本と東アジアのダイナミズムが感じられます。
豊臣秀吉が徳川家康に、立ち小便しつつ「関東をあげよう」と言ったというのは、昔読んだ学習マンガの1シーンを思い出させるところです。
司馬さんと一緒に旅する人たちも、いろんなのがいます。日本語を言語として研究するためにイギリスのケンブリッジからやってきた青年、徳川慶喜を一生がかりで研究している在野の女性など。
徳川家康に農本主義的なところがあり、商業主義的な毛利氏がそれを幕末にいたって倒すことになったという見方もあり。
司馬さんは三十代で真っ白髪になってしまったらしい。