新約聖書の四福音書だけが、イエス・キリストを記述し、キリストの愛を説いているわけではない。
一般信徒(クリスチャン)でさえも、四福音書から、”イエス・キリスト御自身の性格”と”神の人類への愛”を理解し受け入れることに納得はするが、パウロの辛口な物の言い方やあの熱血な気質を表わしている聖句、”後のものを忘れ、目標目指してひたすら走る”競技的な信仰者の在り方がなかなか受け入れられず、使徒行伝以降の書簡を信仰者として、キリスト教として、神の愛として敬遠してしまう信徒も多いのが実情である。
文章からだとその時代の制約や背景がなかなか見えてきずらいということがあるからではないかと私は考えている。
このパウロの宣教(伝道)の歩みをDVDというビジュアルで理解することによって、実際にパウロと同じ世界に移入し、当時の世界状況というものがどんな様子だったのか、まるで自分が体験してしているように理解できるのではないだろうか。
少なくとも、キリストのように神の子としてではなく、パウロは人間の子として生まれ、今の私たちと同じように人間の弱さを自分の身体で知っていたからこそ、パウロが語る神の愛の啓示の言葉の一つ一つが、すんなり染み込んでくると言える。
キリストと直接出会い選ばれた12使徒の心情や当時のパリサイ派やサドカイ派などと主張するユダヤ人の在り方など、その人の立場に立てばその在り方も同情もできるだろう。
異邦人の福音伝道のために、確かに神に選ばれたパウロ。
この人こそ、キリストに似たものとして、神の器として、多くの苦難を味わいながら
ローマで斬首刑とされた最後の最後まで、キリストを運んだ男-使徒-なのだ。
パウロ歩みこそ、パウロの肉体を着た(借りた)キリスト御自身なのである。
パウロに対して、自信家、熱血漢とよくも悪くも人間としての評価から、敬遠していた思いが、まさしくこのDVDによって目から鱗が落ち、パウロへの人間的な偏見が回心され、更により深くキリストに対する愛が強く迫り深くされていくにちがいない。
原題では『SAINT PAUL』だが邦題では『ローマ帝国に挑んだ男-パウロ-』となっているが、
DVDの最後はパウロがローマ到着で終わっているので、いささか邦題が大げさになっている感じはする。どのようにパウロがローマで福音を語り皇帝に上訴したのかは一切このDVDでは描かれていないので、いきなりクレジットが出たので拍子抜けしてしまった。
ストーリは聖書にほとんど忠実で、3時間という時間があっという間に過ぎてしまった。
なによりも、私情であるが、中世絵画に描かれる髪の毛に乏しいパウロではなく、髪の毛がふさふさでブルーな目をしたイケメンパウロだったことが、この評価を書かせた。