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11 人中、10人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0
“悪名高き”皇帝たちの再評価,
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レビュー対象商品: ローマ人の物語〈7〉― 悪名高き皇帝たち (単行本)
晩年孤島に隠棲し恐怖政治を行いながら放埓な生活を送ったといわれる第二代皇帝ティベリウス、歴代皇帝の中でも暴君として随一の知名度を誇るネロ(第五代)とカリグラ(第三代)、口下手でなりゆきまかせの性質があり、若い奔放な前妻にふりまわされ後妻(ネロの母)に毒殺されたクラウディウス(第四代)の4人の“悪名高い”皇帝の治世を描く。目だった業績がないといわれ、むしろ悪く描かれることが少なくないティベリウスとクラウディウス、後世にその性癖や行動がスキャンダラスで畸形的に描かれるカリグラとネロ、本書で著者はこれらの皇帝たちの再評価を試みている。特にティベリウスについては晩年のカプリ島隠棲後の悪評は根拠がないと喝破し、カエサル、アウグストゥスの後を継ぎ、帝国の礎を築き覇権を軌道に乗せたという点でその内政・軍事・外交といった面での手腕を高く評価する。 著者の文章は、彼らの治世を様様な要素、政策とその結果、影響、外部環境、とひとつひとつ事細かに解きほぐしていく。後世の偏見や一面的な見方に惑わされず、複眼的な視点を忘れないその姿勢、論理的な筆の運びは見事としかいいようがない。史書を読み解き、推論し、平明な言葉でつづっていく。決して筆を急がず、かといって単調な一本調子でもない文章は読みにくさとも無縁。
9 人中、8人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0
リーダーとその人間性についての深い考察に満ちた傑作,
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レビュー対象商品: ローマ人の物語〈7〉― 悪名高き皇帝たち (単行本)
なんと全部で500頁。奥付によると9月30日の発行。この頃の作者は本当に絶好調・のっていたんだなあ、という感慨を持ちます。本書はある意味、本シリーズの白眉といって過言でない大傑作。第2代皇帝ティベリウスから第5代ネロまで、悪帝と呼ばれた皇帝たちの再評価に取り組み、私がこれまで知らなかった優れた統治者としての一面に光をあててくれます。なかでも、ティベリウス帝とクラウディウス帝。前者に関しては遠い昔に観た映画カリギュラのイメージが微かに頭に残っていて、それまで変態じじいという印象しかなかったのですが、彼の卓越した統治能力、責任感があってこそ、ローマ帝国は磐石になったことが本書でよくわかりました。しかし、閉鎖的な性格ゆえに、ローマから「家出」してカプリ島で執務を行うようになってしまいます。見捨てられたと思ったローマ市民から嫌われたのが、後の悪帝たる評価を作ってしまった原因。つくづくリーダーとは難しいものだと思います。作者は、ティベリウス帝の章の最後で、ローマ皇帝の中で誰よりもティベリウスに共感をいだくという故高坂正堯教授のコメントを紹介し、この章を教授に捧げています。感動的です。それだけ作者はティベリウス帝に思い入れがあるのでしょう。しかし、閉鎖的な性格・人間嫌いという、あまりに人間的な弱点を持っていた点も事実。同じような性格だと自覚している私にとって身につまされる話でした。クラウディウス帝の場合は、その人間的な弱点はコミカルと言えるほど。しかし、多くのインフラ整備の着手や、秀逸な開国路線の選択など、後のローマの「賢帝の世紀」への布石を敷きます。最後には毒殺され、その葬儀でも茶化される等、最後まである意味哀れさから逃れることはできませんでしたが、作者の「アウグトゥスならば,,断罪などはしなかったであろう」という評価は、気まじめに皇帝としての責務を果たした帝への最高のはなむけの言葉と言えるでしょう。 とにかく、本書はリーダーとその人間性の関係について深く考えさせてくれる、一押しの良書です。
4 人中、4人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0
「ローマ」な日々,
By 広島花子 "お藤" (広島市) - レビューをすべて見る
レビュー対象商品: ローマ人の物語〈7〉― 悪名高き皇帝たち (単行本)
傲慢なテクノクラート、ティベリウス。軽薄なポピュリスト、カリグラ。鈍重なアカデミスト、クラウディウス。繊弱なアーティスト、ネロ。著者の筆にかかった皇帝たちの姿は、その性格がすぐ明瞭に言い表せるほどに皆、個性的です。これは著者の志向も大いに与かって力あるものでしょうが、なんと言ってもこの時代の皇帝たち自身が、善かれ悪しかれ余人に代え難い強烈な個性を持っているからなのでしょう。何と言ってもこの時代は、後世の人間が「ローマ」と聞いて思い出す代表的な時代でもあります。千数百年あるはずの堕落と腐敗のローマのイメージはここにこそ収斂されているとでも言うかのように。片や著者が本書の中で事々に強調されるように、堅実で着実な国家運営が行われ、日々ローマは隆盛へと向かっていく時代でもあります。常識的に考えると堕落しながら繁栄し始める、などとは不可解な現象以外の何者でもありませんが、むしろ此方の方が歴史の常道。この二つの顔をはっきりと併置しない発想が罷り通っていた事の方が異常なのだろうと思います。「ローマによる平和」の時代のなかでローマ人は、伝統を守るために積極的に行動する「貴族的保守主義」から失敗しないように前例をなぞるだけの「平民的保守主義」へと変わっていった、との指摘は本村凌二氏のものですが、これら悪名高き皇帝達の行動は未だ独立不羈の遺風を失っていないローマ人の姿であり、それを失いかけている百年後のローマ人には破廉恥に見えても仕方が無いというものでしょう。活力に溢れるローマと放蕩を繰り返すローマは表裏一体であり、ひとつの歴史の中で語られなければいけないはずのものです。しかし、学者が書いた歴史書でも一般向けの物は世間の嗜好に合わせてか、どうも偏っているように思えてなりません。そこで著者の熱いローマ弁護論は歴史理解での健全な平衡感覚を養うためにも有用なものであります。
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